スイッチ
「まてまてまてまてまてちょっと落ち着け!!」
「落ち着くのはお前だシャチ!」
「ええええ!!おれ達死ぬの?やだよぅ、助けてキャプテーーーン!!」
「たすけてえええ!!」
「おだまり!!!」
ピタ、と騒がしかった男達の動きが止まった。
声を発した本人、イッカクを誰もが驚いて見ていた。
「い、イッカク…?」
「騒いだってしょうがないでしょ。シャチはまずその物騒な物置いて。そっとね。あんたが持ってたらいつ爆発するかわかったもんじゃないわ」
「ひでェ言われようだ」
そう言いながらも、シャチは言われた通りにそっとそれを地面に置いた。
5人でそれを囲み、上から覗き込むようにして見る。
それに表示されている残された時間は、あと10分だった。
どうする、どうすると不安な表情を浮かべてお互いの顔を見合う。
「………解除するしか、ない、わよね……」
沈黙を破ったのはエマだった。
腰に差してある短刀を抜き、箱の境目に軽く力を入れて緑色に染まったプラスチックの蓋を浮かせた。
丁寧に、ゆっくりと両手でそれを外せば、数字が表示されているディスプレイの裏側に伸びる数本のコードを見つけた。
「エマ、やったことあんの?」
「あるわけないじゃない」
「頼むぜ……」
「今までと同じ傾向なら、必ずヒントになるものがあるはず」
「あ、じゃああれは?石像にさっき書いてあったやつ。読めなかったけど」
「見せて」
イッカクが指さした石像には、たしかに何かの文字が彫ってある。
しかし何か専門の文字なのか、どこかの民族や国特有の文字なのか、わからない。
「なんだこれ、ポーネグリフとかに彫ってある文字とも違うよな?」
「ぜんっぜん読めねェ……」
「―――"魔女と5体のドラゴン"」
「? エマ?」
「どうしたんだいきなり」
石像を見たエマがポツリと呟いた言葉。
シャチ達にはいまいち理解ができず、首を傾げる。
エマが考え込んで、そしてハッと目を見開くと、さっきとは打って変わって明るい表情で口を開いた。
「"タタラの冒険"だわ……!」
「タタラの?」
「冒険?」
「バーキンズに伝わる昔話よ!」
そうと分かれば、とエマは箱の傍に腰を下ろした。
そしてカウントダウンが進むディスプレイを外し、コードを露にする。
本数は全部で6本。色は少々霞んでしまっているが、見分けるのに支障はなさそうだ。
タタラの冒険―――
それはバーキンズに昔からある童話である。
主人公タタラの住む村に、突然悪い魔女が5体のドラゴンを連れて攻め入ってくる。
タタラは5人の仲間と共に魔女とドラゴンと倒して村を守り平和へと導く、という在り来たりな内容だ。
「そのドラゴンにはそれぞれ色のついた首輪が付いているんだけど、その色がこの爆弾のコードの色と一緒なのよ」
赤・青・黄・緑そして紫。
5色のコードと、その中でもひと際目立つ黒のコード。
「物語の敵を倒していく順番でコードを切れば、止まる。はず。多分」
「自信持ってくれ!!」
「そ、そんな事言われたって…!」
「でも、現状それしかなさそうじゃない?」
「だな」
「うん、信じるよエマの事」
「………死んでも恨まないでね」
フーーっと深く息を吐き、最初に赤色のコードをつまんだ。
愛刀に線をぴたりと充てて、あとは力を入れて切るだけ。
「―――行くよ」
全員がこくりと頷いたのを確認し、エマはコードを、切った。
「ギャアアアァァアァァア!!!」
「わぁぁあああ!?」
「なに!?なに!!?!?」
静寂に突然の叫び声。
隔離された狭い洞窟の中は、軽いパニック状態になる。
再び静寂が訪れて、消え入るような声で発せられたのは、短い謝罪だった。
「……………………ごめん」
「「「シャチ!!」」」
「この野郎!!心臓が止まるかと思っただろ!!」
「ごめんって!!怖かったんだよォ!!」
ピンッと弾かれるように切断されたコードはだらりと下を向いている。
爆発が起きていない事と、まだ規則正しい電子音が聞こえてくる辺りからして―――
「あっ、てた……?」
「おそらく」
「ハァ〜〜〜〜〜〜」
「シャチ!やめてよねそういうの!手元が狂って違う線切っちゃったらどうするのよ!」
「いや、ほんと申し訳ねェ!」
流れるような動作で土下座を決めるシャチに、エマはそれ以上何も言えなくなってしまう。
思わず上げてしまった腰を下ろし、再び短刀を手にする。
「次、行くね」
1本、また1本と、エマは全神経を研ぎ澄まし慎重にコードを切っていく。
緊張から噴き出した汗は雫となり、ぽたりと地面に落ちる。
無機質なカウントダウンの音と、皆の呼吸音だけが静寂を支配していた。
紫色のコードを切ったところで、エマが大きく深呼吸した。
それに合わせて、他の4人も大きく息を吸った。
「これで最後」
残ったコードは黒色1本のみ。
これを切れば、カウントダウンは止まるはず。
無事に脱出できる。
仲間の命も救える。
「…………エマ?」
これまで順調に作業を進めていたエマの手が止まった。
不思議に思ったイッカクが顔を上げれば、エマの短刀を握る両手は小さく震え、瞳は強く閉じられていた。
「ごめん、ほんとにごめんなさい。ちょっと、まって」
息を深く吐いて、吸って、吐いて、それを繰り返し行う。
「気にすんな。まだ時間はあるし、ゆっくりやろうぜ」
「……うん、」
カタカタと震えるエマの手をイッカクがぎゅっと握る。
「大丈夫、エマの考えはあってるよ。さっさと切って脱出しちゃいましょ」
「でも、もし……」
「大丈夫だって!自身もってこーぜ!」
「っ!皆の命がかかってるのよ!そんな簡単に言わないでよ!」
思わず怒鳴ってしまった事にハッとして、すぐにごめん、と呟く。
申し訳なさそうに顔を歪ませるエマに対し、他の4人の表情は穏やかだった。
「なに、みんなして、そんな顔……」
「えー、だってよぉ」
「エマがおれ達の事そんなに大事に思ってくれてるなんてよぉ」
「大事に決まってるでしょ!!」
自棄になってエマは叫んだ。
そんなエマを見て、4人はますます口元を綻ばせ、にこにこと笑みを浮かべた。
「もういい!知らない!爆発しても知らない!!切るからね!」
「まぁ、待て。最後は、」
「皆で、ね?」
短刀を持つエマの手に他の4人の手が重なる。
「……うん…!」
エマの手は、もう震えてなどいなかった。
「せぇーーのッ!」
掛け声に合わせ、最後のコードを切った。