めでたし



「悪魔の実の力が暴走していると言うのなら、海水で能力を無効化できるかも」


ロビンの提案に誰もが納得する、しかし――


「う、海ったって…!あんな中に入っちまったら……それこそ助かるかわかんねェぞ!?」


ウソップの言い分は尤もだった。

エマの力のせいで、今現在島周辺の海は大荒れ状態だ。
しかし、エマを海水につけるのであれば、どうしても海に近づかなければいけない。


「じゃあ、他に何か手が?」

「い、いや、そうだけどよ……」

「やっぱり私が、」

「「「それは却下」」」

「うっ……はい」


エマが言いかけた事は言い切る前に皆に却下されてしまった。
他に方法はない。
それに、このままじっとしていても状況は悪化するばかりだ。


「やるしかねェだろ」


エマを横抱きにしたルフィは立ち上がり、言う。
「だな」と他のクルー達は首を縦に振った。


「海まで走るぞ。落ちないように、しっかりおれに掴まってろ!」

「っ、はい…!」

「行くぞ野郎共ォ!エマを助けるぞ!!」


ルフィの言葉を合図に、一斉に海岸に走りだした。
その途端、また一層力が強くなる。
まるでエマを助ける事を拒むかのように。


「エマちゃんは絶対に死なせねェぞ!!おいゾロ!」

「言われなくても……」


「分かってる!」と飛んできた大岩をゾロが真っ二つに切り、倒れてきた木々をサンジが蹴りで一掃した。

同じように振りかかる災害から、仲間達が次々と守る。
エマの目から、またボロボロと涙が溢れた。

こんな大変な時に、自分のせいで巻き込んでしまったのに。
彼等が自分の事を案じて戻ってきてくれて、その上助けてくれて、嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。


「見えたぞ!海岸だ!!」


気が付けば、二人は海岸にまで辿り着いていた。


「水が……」


普段では信じられないくらいに水が引いていく。
それは確実に獲物を仕留めるために、力を貯えているように見えた。
水を失った魚達がピチピチと跳ねる姿が、エマの不安を煽る。

そして、引き潮がピタリと止まる。


「……くる、」


大津波が、エマとルフィを飲み込もうとうねりを上げてやってきた。


「絶対に離すなよ」


低く、強く言われた言葉に、エマは迷わず頷いた。
言われた通りに彼の服をぎゅっと掴み、顔を胸に埋めた。
ほのかに香る汗と海のにおいが、エマをひどく安心させた。
なぜだか、絶対に大丈夫だと思えた。

仲間達の叫び声が聞こえる中、二人の影は水の中へと消えて行った。




***




ベッドの上で横になっている少女は、一向に目を覚ます気配がない。
身体中に撒きつけられた包帯や、合間から見える傷は酷く痛々しく目を覆いたくなるほどだ。
手当てを施されているその様子を麦わらの一味と村の住人数名が、険しい表情をして見守っていた。

手当てをしていたチョッパーは額の汗を拭う動作をすると、皆と目を合わせて口を開いた。


「命に別状はないけど、しばらくは絶対安静だよ」

「そっか、ありがとなチョッパー」

「はぁ…よかった」


チョッパーの一言で、その空間にどっと安堵の息が漏れた。


「いやほんと、もう、こっちの心臓が止まるかと思ったわよ……!」

「だっはっはっは!なんとかなったろ!」

「笑い事じゃねェ!!」

「おれ達がどんな思いでお前等を探したと思ってんだよ!!」


二人が波にのまれた途端、それまでの嵐のような天候がパッタリと止んだ。
強風は凪に変わり、地鳴りも止み、波は穏やかなものに変わっていった。

泳ぐことのできるメンバーで沖をくまなく探し、やっと見つけた時には、意識がないながらも流木にしがみついている我らが船長と、その腕の中で気を失っているエマの姿があった。
エマの腕には咄嗟に伸ばしたのだろうか、ルフィの麦わら帽子が大事そうに抱えられていた。


「なははは!結果オーライってやつだな!」


クルー達の苦労など露知らず、ルフィは呑気に笑いながら肉を食らい始める。
溺れ死にしそうだった奴とは思えない、と一同は呆れるしかなかった。


「もうアンタの強運には驚かないわよ……」

「ん?きょ……?なんだ?」

「なんでもないわよ!」


とぅっ!とナミがルフィの頭に手刀を入れる。
しかしゴム人間のルフィは痛みを感じないので、精々少し頭が食い込むくらいのダメージだ。


「……本当に、」

「ん?」

「本当に、ありがとう……ッ!」


突然そう言って勢いよく頭を下げたのは、この村の村長だった。
その老人は涙を流しながらエマの頬を優しく撫でた。


「我々は、この子の好意に甘え過ぎていた……今回も、この子一人にこんな目に遭わせてしまって…ッ」


そんな村長の背中を、若い男達が擦ってなだめた。
ルフィ達はエマが思っていたよりも大切に想われていたことが分かり、自然を口角を上げて微笑んだ。


「なァ、じーさん」

「じ、じーさん!?」

「村長に向かってなんという口を…!」

「良い、そう噛みつくでない。なんだ?」


ルフィはにしし、と笑ってエマを見た。
その様子を見て、クルー達は察したのか最早止める素振りさえ見せなかった。


「エマ、貰ってくな」


たったそれだけ。
男達は驚いた反応を見せたが、すぐに笑顔を浮かべた。


「わしも、同じ事を言おうとした」


そんなやり取りが行われていた事を、エマは知らない。






ザザン、ザザン――・・・


「んん……、」


最初に聴こえてきたのは波の音だった。

ゆっくりと目を開ければ、そこには見慣れない天井があった。
まだうとうとしている瞼を何度かパチパチと瞬きし、自分の記憶を遡った。


「ッ!そうだ…!」


一気に意識は覚醒し、身体を起こそうとしたが声にならないほどの激痛が身体中を走り、少し浮いた身体はプツリと糸が切れたかの様にベッドに再びダイブした。


「………ここは…?」


薬品の臭いが鼻を掠める。

耳を澄ませば賑やかな声が聞こえてきて、もしかして、と一つの考えが浮かんだ。
すると部屋の扉が突然開き、肩をびくつかせたが、扉を開いた本人も驚いた様子でこちらを見ていたのでお互いを見合ったまま硬直した。


「ルフィさん!」

「エマ〜〜!起きたのか!元気か?メシは?ハラ減ってねぇかハラ!」


飛ぶようにしてやってきたルフィは、エマの肩をバシバシと叩いて言葉をかける。
ルフィが叩く事で身体中に痛みが響き、言葉を発したくても痛みに耐える事に必死で、ルフィのマシンガンの様に繰り出される質問に答える事ができない。


「あ、ウッ……る、るひー、さん…っ、ちょ、」

「いやー!よかったよかった!お前すごい怪我と熱まで出しちまってよ〜!ハラ減ってるだろ?サンジがいつでもメシ用意してくれるってよ!!」


あっはっはっはと笑いながら喋るルフィのエマを叩く手は止まらない。
涙がちょちょ切れてきた所で救いの手が伸びた。


「エマ、気が付いたのか!……ってルフィ〜〜〜!!何してるんだお前!!怪我人だぞ!!」

「あ、そっかワリィ」

「だ、だいじょうぶ、です……」


息を切らしながらそう言って強がるエマに、チョッパーは「嘘付け!」とツッコミを入れた。


「そうだ、あいつ等にもエマが起きた事教えてやらねェと!」


そう言ってエマの手を取り引っ張る。
不意打ちの事でエマの身体はベッドから滑り落ち、べしゃっと顔面を強打した。


「あたっ!」

「エマ〜〜〜!!?怪我人だって言ってんだろコノヤロー!!」

「あ、そうだった」


「よいしょ」と、今度は俵のようにエマを持ち上げたルフィをチョッパーが容赦なく床に沈めた。


「お前アホかー!!その持ち方やめろォ!!」

「なにすんだよ、チョッパー!」

「ルフィさん、あの、自分で歩けますから……」

「何言ってんだエマ!遠慮すんな!」


遠回しに拒否したエマの言葉もルフィには伝わらず、逆に断られてしまった。


「ん!」

「へ?」

「怪我してんだから無理すんな」

「え……わっ」


ルフィが素早くエマの背中と膝の下に手を入れ、フワリと抱き上げる。

一気に近くなったルフィとの距離に、心臓が大きく波打った。
しかし、今の自分の状態にハッとして、エマはルフィから慌てて離れようとする。


「ルフィさん!!」

「ん?なんだ?これから痛くねーと思ったんだけどよ。チョッパー、これじゃダメか?」

「それならいいぞ」

「チョッパーくんまで!」


そういえば、助けてもらった時も同じように抱えてもらったが、あの時は切羽詰まっていたしそんな事を気にしている余裕もなかった。
しかし今はどうだ。
状況はいたって平和だし、意識だってしっかりしている。
泥をこれでもかってくらい被って、汗だって滝のようにかいたのにそのままだ。

年頃の女子としては、そんな状態で誰かに抱えて貰う事など、どうしても避けたい。


「あの、私今絶対汚いし!汗もいっぱいかいたから…!」

「ん?そうか?全然気にならねェし、エマはいっつもいい匂いすんぞ」

「ふぇ…」


ボッ、と火が付いた様にエマの顔が紅く染まる。

それに気が付いたルフィが顔を覗きこみ、「顔が赤い!」「熱か!?」と騒ぎ出したからもう大変だ。
両手で顔を覆い、なんとか大丈夫の一言を伝えた。


「みんなお前が起きるの待ってたんだ!行くぞ!」


もう抵抗するのは止めよう、と満身創痍のエマは大人しくルフィに身を預けた。
エマから硬さが取れたのが分かると、ルフィは機嫌が良さそうにニッと笑った。


「おーーーいお前等!エマが起きたぞ!!」


部屋を出ると心地いい潮風が頬を撫でた。
温かい太陽の光は、随分久しぶりに浴びたような気がした。

エマが居たのは、麦わらの一味の海賊船"ゴーイングメリー号"、その船内だったのだ。
ルフィの声に気が付いた面々が、続々と顔を出した。


「おう、目が覚めたのか」

「エマ、気分はどう?」

「エマちゅわああぁぁぁあああん!お目覚めにフレッシュなドリンクはいかが?」

「あら、ミイラみたいね」

「それは言わなくてもいいだろ!」

「皆さん……」


恋しかった温もりに、思わず涙が浮かぶ。
そんなエマに気が付いたルフィが、心配そうに顔を覗いたが、「大丈夫です」と笑顔を見せた。


「皆さん、助けてくださって、本当にありがとうございます…!」


泣き笑いだったが、精一杯伝えた感謝に、一同は満足そうに笑みを浮かべたのであった。