初陣



「ペンギン!そっち、そっち掛かってる!」

「よしきた!どりゃあ!!」

「ベポ、網!」

「アイアイ!」


あの歓迎会から、二週間ほど時が経とうとしていた。

「天気良いから釣りしようぜ」というペンギンの提案で、エマとベポの三人で昼食の材料を調達していた。


「結構釣れたね」

「大量だこりゃあ〜」

「何にしたら美味しいかな」

「刺身、てんぷら、煮つけもいいかもね」

「よっしゃ、おれコックに相談してくるよ」

「うん、お願いね」


ペンギンは魚を入れたボックスを軽々持ち上げると、厨房へと向かって行った。

それを見届けた後、ぐっと両腕を上げて伸びをする。
澄んだ青が美しく太陽がまぶしい、今日は快晴だった。


「絶好の釣り日和だったね、ベポ」


ベポに言葉を投げかけるも、その返事はない。


「ベポ?」


すると自分の脚にふわっとした感触があたる。
下を向けば、スヤスヤとベポは眠りについていた。


「朝早くから釣りしてたもんね。私も一緒に寝ちゃおうかしら」


そうして寝そべるベポの身体に寄り掛かる。
ふわふわとした感覚のせいで、エマは一気に眠気に襲われた。




***




「ペンギン、ベポを見なかったか?」

「あ、キャプテン、おはようございます!ベポなら甲板にいると思いますよ」

「そうか。おい、それはなんだ」

「これですか?さっきまでベポとエマと一緒に釣りしてたんスよ、昼食にって。キャプテン、魚好きでしょう?」

「あァ、悪くねェな」

「コックに美味しく調理するよう言っときますから!」


そう言って手を振るペンギンに、ローはふと笑みを零した。

ペンギンに言われた通りに甲板に出ると、すぐに目当ては見つかった。
この船にオレンジのつなぎに、大きな白い巨体はベポしかいない。

声を掛けようとした時に、横たわるベポが眠っている事に気が付く。
そして、もう一つ人影がある事にも気が付いた、エマだ。

すよすよと気持ちよさそうに眠るエマは、ローの気配にまったく気づく様子もない。


「随分馴染んでいるようだが、なァ、バーキンズ屋?」


エマがこの一味に入る事になったのは、本人にとっては不本意だった。
だが、早々にエマはこの船のクルー達と打ち解けてしまった、逆もまた然り。
ベポ達のフレンドリーさもあるだろうが、きっとバーキンズ・エマという人間が、そうさせている事もあるのだろう。

仕事はしっかりとこなし、何かをする時は必ず断りを入れ、連絡もマメだ。
存外真面目な奴、というのがエマの印象だ。

ローに対しては多少ぞんざいなところもあるが、それなりに上手く接していた。

ハートの海賊団は、すでにエマにとっては居心地がいい場所となっていた。


「"シャンブルズ"」


能力を使い、ローはエマと自分の位置を入れ替える。
背中の温かい感触に満足するローとは裏腹に、背もたれをなくしたエマはそのまま後ろに倒れ込んだ。


「イタッ!」


後頭部を強打したエマは飛び起き、頭を抑えた。
何事かと当たりを見渡せば、自分がいたはずの場所にくつろぐローの姿。

すぐに状況を理解したエマは、怒りの表情を浮かべてずんずんとローの元へ向かう。


「そこ、私がいた場所なんだけど」

「そうか、邪魔だから退けた」

「こ、の…!」


今にも怒りが爆発しそうなエマを見て、ローはニヤニヤと笑う。
これではローの思うつぼだと、エマはため息をついて拳を緩めた。


「やめよ、馬鹿馬鹿しい……」


そう言ってローの横に腰を下ろす。


「……なんのマネだ」

「昼寝の続き。もうちょっとそっち詰めてよ船長」

「断る。お前は自分の部屋でも行って寝てろ」

「断るわ。ベッドじゃベポのふわふわ具合には勝てないのよ」

「狭い、邪魔だ」

「邪魔なのは船長でしょ」


ついにローがベポに立てかけておいた刀に手を掛けた。
それを見たエマもすかさず短刀を掴む。

お互いが刀を抜こうとした瞬間、見張り台から大きな声が聞こえた。


「敵襲〜〜〜!!2時の方向に海賊船発見!!」

「キャプテン!ありゃ"首切り"の一団だ!……って何やってんスかキャプテンもエマも!敵はあっち!!」


チラリと言われた方向を見れば、たしかに海賊船。
二人は構えを解くと、標的をお互いから敵船に変えた。


「"首切り"?聞いたことあるか?」

「一応。でも、相手の首を狩って部屋に飾る悪趣味な男って事しか知らないわ」

「いらねェ情報だな。額は?」

「たしか、3千万ちょっと」

「名を上げるには物足りねェが、まァいいだろう。お前等、戦闘だ!迎え討て!」


ローの一言で開戦する。

放たれた大砲が大きな水しぶきを上げ、船が大きく揺れる。
敵船は、もうすでに目と鼻の先までやってきていた。


「乗り込むわ」

「待て、一人で行くな。ベポ」

「エマ!おれも一緒に行くよ!」

「うん。じゃあ船長さん、気を付けてね」

「誰に言ってやがる」


その会話を最後に、エマとベポは敵船へと乗り移る。
エマは軽い身のこなしで愛刀を手に、敵を一掃する。

一族を滅ぼされてから、エマは一人で生きてきた。
生きるために必要な資金は、懸賞金が掛かってる海賊を倒して賄っていた。
駐屯地に潜り込み、海兵とも戦った。
自然と鍛えられてしまった戦闘スキルを持つエマは、決して弱くなかった。


「張り合いがない、な…!」


目の前の敵にくるんと身体を回転させて蹴りを入れると、敵は粗方片付いたようだった。


「エマ!危ない!」

「ッ!?」


ほっと息をついたのもつかの間、エマの首を鋭利な刃物が襲う。
ベポの声もあり、刃物は首のスレスレで空を切った。


「あ〜〜〜惜しかったな〜〜〜」

「"首切り"…!」


少し掠めたのか、エマの首からはツーっと血が流れる。
エマはそれに気が付くと、指でスッと傷をなぞる。
なぞり終えたその時には、すでに傷は綺麗さっぱり無くなっていた。


「ん〜〜?なんだ今のは?なんかの能力か〜〜〜?」

「知る必要はないわ」

「お前、綺麗な顔してるな〜〜〜!首切ったらおれのコレクションに並べてやるぞ〜〜」

「うるさい、下種、悪趣味。お断りよ」


部下達よりも一回り大きい体格をした男の手には、大きな鎌が握られていた。
あれが、何人もの人間達の首を切ってきた武器。
全身は鉄の鎧で覆われており、自分の刀は突き刺せるだろうかと考える。
だが、こういう時はあの方法をとるのが手っ取り早いのだ。

ある程度の怪我は、すぐ治ってしまうのだから―――

エマはすぐさま相手の懐に飛び込むと、能力発動のために相手に触れる。


"共有"シェア"痛み"ペイン


いつも通り相手と自分の痛みを共有すれば、躊躇いもなく自分に向けて刀を突き刺した。


「エマ!?」

「あのバカ、何してるんだ!」


その様子をちょうど見かけた仲間達からは、疑問の声が飛ぶ。
その瞬間、相手の男の悲痛な叫びが響いた。


「ぐあああァァァ!?いでェ!!お前、何をしたァァ!?」

「男が、これくらいで…ビービー叫ばないでよ……"解除"アンシェア


エマが能力を解いた瞬間、男から先ほどの猛烈な痛みが消える。
その一瞬の戸惑いをエマが見逃すはずもない。
素早く相手の足を払うと、男は後ろにバランスを崩した。


「じゃあね」


無抵抗の男の顔面に力いっぱい飛び膝蹴りをかました。
男の顔はめっこりと凹み、その勢いのまま船から飛び出し、海へと落ちて行った。


「せ、船長〜〜〜!!」

「うわぁぁあぁあ!!船長がやられたァ!!」

「殺してないから安心して。それとも、まだやる?」

「やりません!!」

「お願いだから、殺さないで!!」

「殺さないったら」


船長がやられたとなれば、この勝負はエマ達の勝利だ。

エマが自身の乱れた服を簡単に整えていると、他の敵を片付けたペンギンやシャチ達も船に乗り込んできた。


「エマ!お前何してんだよ!?」

「何って、倒しちゃいけなかったの?」

「そっちじゃねーよ!」

「自分の腹突き刺して何やってんだよって事だよ!」

「腹……あァ、これね」


エマは目線を下にすれば、着ていた服には刀が刺さった痕があり、服も真っ赤に染まっている。


「もう治ってるし、平気」


ほら、と服を捲り上げれば、たしかに傷は癒えていた。
それを見たシャチが思わず「すげェ……」と声を漏らした。


「死ぬわけじゃないし、ああした方が手っ取り早い……」

「そういう問題じゃねェ!!」


突然声を張り上げたペンギンに、エマの肩がびくりと揺れる。
まだこの一味に入って日は浅いが、こんな風に怒鳴るペンギンは初めてだ。


「どうしたの、ペンギン…?」

「お前の怪我がすぐ治る事は分かってる!けど、だからって自分から傷つけるような事はするな」

「そんなの、私の勝手じゃない。別に皆に迷惑かけてるわけじゃ……」


エマが言い返せば、パンッと乾いた音が響く。
ペンギンに頬を叩かれたと分かったのは、数秒経ってからだった。


「なにするのよ!」

「お前は何もわかっちゃいない。お前が不死身だろうが、怪我がすぐ治ろうがなんだろうが……仲間が傷つくのをなんとも思わない訳がないだろ!」

「仲間……?」


ハッとして周りを見渡せば、エマを見つめるクルー達は辛そうに眉を顰める。
ベポに至っては、目尻に涙を溜めて今にも泣き出しそうだ。


「皆心配なんだよ、エマの事が。お前はずっとそうやって戦ってきたのかもしれないが、頼むから、自分を大事にしてくれ」


ペンギンに両肩を掴まれ、懇願される。
エマは押し黙り、そしてこくんと頷いた。


「ごめんなさい、心配かけて」

「……おう!」

「でも、状況によってはする」

「「「おい!!」」」

「さ、獲れる物取ってさっさと帰ろ。お腹空いた、ご飯楽しみー」

「コラ、エマ……!」


仲間、心配、エマにはここしばらく縁のなかったものだった。
自分が思っているよりも、皆は自分を仲間だと思ってくれていたのだ。
不本意で乗る事になった海賊船だが、ここのクルー達は皆優しく、温かい。
何度でも言う、不本意だが。

だけど、その不本意にも、少しだけ感謝の気持ちが芽生えた。


「今日のランチは、新鮮お魚料理だもんね」


そう言ってエマは船内を物色し始める。
その様子は、なんだかいつもより楽しそうだった。