イヤリング
『何かうちの一味だと分かる印は身に着けていろ』
ある日、初日にローに言われた言葉をふと思い出す。
そして今、自分が何も身に着けていない事に気が付いて、あっ、と声が出た。
「……忘れてた」
次の島は大きな街があると船内の噂で聞いた。
何か、良いものが見つからないだろうか。
エマは少し楽しみに、船が島に着くのを待っていた。
***
船が上陸したのは、もう少しで日付が変わるような時間だった。
街の探索は明日にしようと、甲板に出ていたエマは船内へ戻ろうとした。
しかし、他のクルー達は各々足取り軽く船を降りて行く。
なぜだろうと、エマは隣にいたイッカクに問いかけた。
「そりゃ皆男だもの、夜じゃなきゃできない事もあるでしょ?」
「……あ、あー、そういう事ね」
察したエマがそうかそうか、と頷く。
ペンギンやシャチがやけに機嫌が良かった理由を理解した。
「じゃあ私達は留守番ね」
「そうね、明日一緒に街に行きましょ」
イッカクに言われ、エマは嬉しそうに頷いた。
「……意外、船長も行くんだ」
横目に見えた一人の人物に、エマは目を丸くした。
ベポやシャチを引き連れ先頭を歩く、船長のローだった。
「そりゃあ、キャプテンも男だもの」
「引く手数多なんでしょうね、ムカつくけど」
「エマ、まだ根に持ってるの?」
「持ってる。一生持ってる。でもそのおかげで皆に会えたから、そこはちょっとだけ感謝してやらん事もない……」
「あはは、嬉しいねぇ!」
エマの言葉に機嫌を良くしたイッカクは、ぎゅっとエマを抱きしめた。
・
・
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翌朝、エマとイッカクは朝帰りのクルー達に船番を任せて街に出た。
二日酔いに苦しんでいたが、それ以上に幸せそうにしていたので、この島の女はよほど当たりだったのだろうと思う。
街は予想以上に栄えており、色んなものに目移りした。
朝獲れたての魚の解体ショーには多くの人が集まり、広場の噴水では子供達が水遊びをしている。
「エマの今日の目当ては?」
「……船長に、つなぎ着ないなら何か他のもの身に着けろって言われてて」
「うちのマークね」
「そう、それで何かないかなって」
「なるほどね。じゃあ、あれとかどう?」
イッカクが指さした先には、キラキラと輝くアクセサリーショップ。
たしかにあれなら邪魔にもならず、身に着けやすい。
「見てもいい?」
「もちろん」
イッカクの承諾を得て、店内へ入った。
ポスターを見れば、どうやらこの島の山奥で獲れる珍しい鉱石を使っているらしく、少し値は張るがオーダーメイドも出来るようだ。
「ねぇ店主さん、オーダーメイドでお願いしたいんだけど、どれくらいでできるかしら?」
「そうさな、物にもよるが……作る物は決まってるのかい?」
「イヤリングを、このマークで作ってほしいの」
予め用意しておいたハートの海賊団のシンボルが描かれている紙を渡した。
店主は少し驚いて、ふと笑みを零した。
「お前さん、海賊だな。しかもハートの海賊団」
「知ってるの?」
「知ってるさ、おれァ海賊が好きなんだ。生まれも北の海でな、トラファルガー・ローは特にお気に入りだよ」
「え、じゃあわざわざ"赤い土の大陸"を超えてこの海に?」
「まァな」
「へェ……」
海賊が好きだなんて変わってるなと思いつつ、エマはこの店主に作成をお願いする事にした。
「そんなに複雑なもんでもないからな、すぐ作ってやる。明日にでも取りにきな」
「本当?ありがとう、この島のログ思ったよりもすぐたまるみたいだから心配だったの」
明日取りに来ると約束して、エマとイッカクは街を出た。
「すんなり決まってよかったね」
「うん、良い人だったし」
「じゃあ、次は私の買い物に付き合って貰うわよ」
「了解、先輩」
茶化す様に言ってみれば、なにそれ、とイッカクに笑われる。
楽しい時間はあっという間で、気づいた時には、もうすでに日は暮れていた。
その次の日、エマは約束の物を取りに一人街に出た、はずだったのだが――
「…………最悪、」
「文句でもあるのか」
「ある」
エマの少し前を歩くローは振り返り、言う。
街へ向かう途中で声を掛けられてしまい、一緒に行動するはめになった。
「医務室に置く薬の調達に行く、お前も来い」
船長命令だと付け足され、今に至る。
エマの腕には次々と容赦なく荷物が積まれていった。
「ねぇ、あなたもちょっとくらい持ってくれたらいいんじゃない?」
「冗談だろ、なんでおれが」
「そもそもなんで私が……ペンギンやシャチを連れて来れば良かったでしょ。喜んで持ってくれそうじゃない」
「あいつ等は昼間は船番だ」
「ベポは」
「寝てたから置いてきた」
「起こせばいいじゃない!ベポにだけは甘いんだから!」
何をどう言った所で、ローが折れる事は絶対にない。
ようやくローがこんなものか、と買い物を終えた頃にはエマの腕には前が見えないほどの荷物が積み上がっていた。
よたよたと歩くエマを見て、ローが足を止める。
手伝ってくれるのかと思いきや、一言だけ「落とすんじゃねェぞ」とまた歩き始めた。
「クソ船長…ッ」
そんな悪態もローには届かず、エマは荷物を落とさないように、ひたすら船へと歩いた。
そしてすべての荷物を船に運び終えた頃には、もう夜は更けていた。
「遅くなっちゃった…!」
まだお店はやっているだろうか、エマは再び街へと駆けて行った。
急いだ甲斐もあってか、明りが灯っている店に、なんとか営業時間内に間に合ったとほっと息をついた。
しかし、店主を呼びながら扉を開けば、そこには目を疑う光景があった。
「何、これ……」
店内は何者かに荒らされた形跡があった。
椅子や机は倒され、割られたガラスケースの中の宝石やアクセサリーは一つも残っていない。
壁に飛び散っている赤い液体は、おそらく血だろう。
「う、ウゥ……ッ」
「店主さん!?」
カウンターの下から聞こえた声に急いで駆け寄る。
そこには店主が頭から血を流し、倒れていた。
「店主さん、しっかり!何があったの!?」
「か、海賊が…ッ、ぐっ…!」
「海賊…?」
「いきなり、きて…店のモン、全部……盗まれちまった……ッ!」
「酷い怪我よ、すぐに手当てを…!」
「すまんお嬢ちゃん、あんたのイヤリングも……すまねェ…すまねェ…ッ!」
「そんな事より、手当を!」
「…………」
「店主さん?ちょっと、店主さん…!」
店主は泣きながらエマに謝ると、そのまま意識を失ってしまった。
エマはとにかく手当を、と羽織っていた服を細く切り、店主の頭に巻きつけ止血した。
店の二階は店主の部屋となっており、そこも酷く荒らされていたが、なんとか無事だったベッドに店主を寝かせる。
呼吸は安定しており、命に別状がない事を確認すると部屋を後にした。
「……待ってて、すぐ取り返してくるわ」
そう言ってほほ笑んだ表情が一変する。
その冷たい瞳は、エマがどれだけ憤怒している事が分かるには十分だった。
「絶対に許さない」
そう呟いて、エマは走り出した。
***
「最高だなこの島は〜〜」
「船長、今日はどこに行きます?」
「…………」
「船長?」
ローの視線の先を追えば、先ほど大急ぎで船を出て行ったエマがいた。
「ありゃあ、エマじゃねェか」
「あんなに急いでどこに…?っていうか、なんか怒ってね?」
そんなエマがある店の前で立ち止まった。
そこは海賊もよく訪れる、あまり治安の良くない酒場だったはずだ。
「おいおい、なんであんなところに…?」
ペンギンが慌てたように言った瞬間、エマが店の扉を勢いよく開けた、否、壊した。
「「な、なにやってんだアイツーーーッッ!?」」
エマは何かを確認するようにぐるりと店内を見渡したかと思うと、中にいた海賊であろう男達を一人一人殴り倒していく。
「なに面倒事起こしてやがる、あの女」
ローが眉を顰めると、その店へと足を踏み入れた。
ほんの数分の間だったが、中の様子はすでに壊滅状態。
エマはといえば、机に上って最後の一人の首を掴んで持ち上げていた。
おそらく、その一団の船長だ。
「あの店から盗んだ物、全部返して」
「が、がえず…がえじまずがら……」
「店主さんにも地面に埋まるくらい土下座して謝って」
「わ、わがりましだ…ッ!!あやまりばず……!!」
そう言った男の首をパッと離すと、男は尻もちをついて悲鳴を上げていた。
エマはくるりと酒場の店主を探すと、つかつかと歩み寄る。
「騒がしくしてごめんなさい。壊した備品の修理、これで足りるかしら……」
「め、滅相もない…!!え、こんなにいいんですか!?」
「私が責任をもって、このクズ共追い出すから……ちょっと何してるの、早く店から出て謝罪しに行って。あと、一つでも返し忘れたりしたら今度こそぶっ殺すわよ」
冷たく言い放つエマに、男達は悲鳴を上げて店の外へと出て行った。
そんなエマを唖然と見つめるシャチとペンギン。
ローは大きくため息をつく。
ふと下を見ると、見慣れたマークが目に入った。
拾い上げればそれは、ハートの海賊団のシンボルの形をした鉱石がついたイヤリング。
ローはそれを見て、いつか自分が言った言葉を思い出した。
「……あれ、船長?シャチとペンギンも」
「お、お前〜〜、エマ!何やってんだよ!」
「そうだよ、なに騒ぎ起こしてんだよ!」
「見て分かるでしょ、クズ共の掃除」
久しぶりにキレた、と目が据わったエマを見て、二人はゾッとした。
エマは怒らしてはいけない、そう自分に言い聞かせた。
「イヤリングも探さなきゃ……」
「イヤリング?」
「なんでもない。騒ぎにしてごめんなさい、すぐ戻るから」
「待て」
ローの声に、エマは足を止める。
少し不機嫌そうに振り返れば、不意に投げられた何かを両手でキャッチする。
手の中でキラリと光るそれは、探し求めていた物だった。
「……可愛い」
さっきまでの怒りはどこへやら。
エマはそのイヤリングを見てへらりと口元を綻ばせた。
早速つけてみようとするも、鏡もなく上手くつける事ができない。
その様子に見かねたローは「貸せ」と半ば無理やりイヤリングを奪い取った。
「ちょっと!」
「うるせェ、耳元で騒ぐな」
「…っ」
思ったより近くで聞こえた声に驚いたのか、エマはしゅんと大人しくなる。
少しして、ローの手がエマから離れた。
着けた貰ったことに対して不満そうに、でもきちんとお礼は言った。
「いいなエマ、似合ってるぞ」
「本当?」
「おう!いい感じ」
チラリとローを見れば、眉を顰めながらも「悪くねェ」と呟いた。
珍しく褒め言葉が出て、エマは満足そうに笑う。
「船長」
「……なんだ」
「これ作ってくれた店主さん、怪我してるんだけど……」
それだけで、エマが言わんとする事を把握したのだろう。
ローは案内しろ、とため息をつきながらも了承した。
まさかすんなり了承してくれるとは思っておらず驚いて足を止めていると、くるりと振り返ったローが口を開いた。
「早くしろ、エマ」
「……っ!アイアイ、キャプテン」
ベポの真似をして返事をしたエマに、ローは口角を上げた。