バーキンズ



「私達バーキンズは、世間体では滅んだ一族とされているけどそれは間違い。正確には滅ぼされた一族よ」


エマが話を始めると、ローは腕を組み、黙って聞いていた。

元々、バーキンズはひとつの一族ではない。
原因はわからないが大昔、世界各地で怪我をしてもすぐに回復する人間が目撃された。
普通なら死亡するような怪我も回復、再生してしまう。
現実離れした力は、やがて悪魔、化け物と虐げられ、その者達は世界のはぐれ者として存在していた。


「こんな身体してれば、当たり前よね」


エマは少し悲しそうに目を細めた。
それに対するローの反応はなかった。

その者達は決意した、自分達だけの国を作ろうと。
同じ人間だけが集まれば、虐げられる事もない、自由に生きられる。
そうして集まった者達が"バーキンズ"だった。

やがて人々の記憶からバーキンズは薄れていく。
バーキンズ達もまた、平和に、静かに、ひっそりと暮らしていた。
エマも優しい父と母の元に生まれ、その生を充実させていた。

たとえ世界のはぐれ者だとしても、この国でなら、バーキンズは幸せに暮らせたのだ。


「だけど、その平和な日々が突然壊された。今から10年前よ」


滅多に船など通らない場所に、その国はあった。
しかし、その日は何隻もの大きな軍艦が島に向かってきた。
何かおかしいと思った、嫌な予感がした。


『お前等は、おれの実験台だァ!!』


不気味な笑みを浮かべて、その男はやってきた。

男はバーキンズを世界の危険因子とこじつけてきたのだ。
そのため、捕獲し処刑、否、実験体にすると。


「名はジュリー・マートン。海軍の化学班にいた男よ」

「聞かねェ名だ」

「後々海軍に追放されたとされてるわ。マートンの独断だったのよ、この件……バーキンズは何か罪を犯した訳ではない。無罪の人間を虐殺したこの失態を、政府はもみ消した…ッ」


悔しさで拳を固く握る。
爪が食い込んだ皮膚からは血が出ていたが、力を緩めればほんの少しの時間で傷口は塞がった。

それを見て、エマからは渇いた笑いが漏れる。


「私は、生き残った、ただ一人。強くなって、絶対復讐してやろうって思った」


最初はマートンだけを殺してやればいい、そう思っていた。
しかし、そう簡単な話ではなかったのだ。


「マートンの裏に、もう一人いる。そいつの正体も暴いて殺してやらないと気が済まない」


マートンとその男のは手を組み、バーキンズを滅ぼした。
結果的に、そうなったと言うのが正しいのだが。


「なぜバーキンズを狙ったか、資料を集めて分かったわ。奴等、人間兵器を作ろうとしたの」

「兵器だと…?」

「バーキンズのこの能力を他者に移すの。私はあなたの足元にも及ばないレベルだけど、もし四皇の船員や海軍の将官クラスが半不死身になったら?半端な攻撃じゃ死なない、元々化け物のような実力者ばかりなのに、そんな事が可能になったら本物の化け物の出来上がりよ」


あの百獣と言われるカイドウには必要ないかも、と少し茶化すように言うが、ローの眉間に皺は寄ったままだ。

「まぁ、10年経った今でも出てこないって事は、実験は失敗したのかもしれないけど」

「だからと言って、可能性が無いわけでもない」

「その通りよ」

「そんな敵がわんさか出てきちまったら、やっかいこの上ないな」

「私は、一族の皆がそんな化け物の製造に使われるなんて絶対に嫌、許せない。だからその前に――」


「殺すの」とエマは口にした。


「……私は一緒には行かない」


再度、ローの目を見て言う。

どうしてこの男にここまで話をしたのか、自分でも分からない。
ただ、誰かに聞いてほしかったのかもしれない、この真実を。


「それに、こんな中途半端な私を一味に入れるのはリスクがあると思うけど?」

「それはおれが決める事だ」

「次の島で降ろして。ちなみに心臓も返してくれると有り難いんだけれど」

「…………」


ローは少し考えて、そして心臓をエマに放り投げた。
エマはそれを慌ててキャッチすると、一応、御礼を言っておいた。


「もうじき次の島に着く、ログは三日でたまるそうだ。その間、考える猶予をやる。おれの船に乗るかどうかをな」

「お気遣いありがとう。けど考えが変わる事はないわ」

「どうかな」


ニヤリと笑うローを見てエマは頭にはてなを浮かべながら心臓を元に戻した。



数時間後、船は次の島、アトゥージアに上陸した。