Die or Pirate



アトゥージアに着くとエマは早速船を出て街へ出た。

お世話になりました、とローに皮肉いっぱいに言い放って。


「いいんですかキャプテン」

「何がだ」

「あの子、ウチに入れるつもりだったんでしょう?」


街へと向かうエマの姿を船から見下ろしながら、シャチが言った。


「構わねェよ。どうせすぐ戻ってくる」

「悪い顔してますよキャプテン」

「あの子、どんな反応すんだろ」


視線の先のエマはそんな会話がされているとは露知らず、歩を進めていく。
「さァな」と言ったローの口角はニヤリと上がっていた。




***




「仲間にしたいって言ってた割にはあっさり諦めてくれたわね」


何か裏があるのかと警戒するが、とりあえず心臓を返して貰い、自由になれた事をいるかも分からない神に感謝した。
ローではなく、神に。


「これからは利用する相手、もう少し考えよ……」


だが、今回はロー達でなければあそこまでスムーズに事は進まなかったかもしれない。
エマは考えて、一石二鳥だったという事で自身を納得させた。

街に着くと、そこは静かでのんびりとした雰囲気が漂っていた。
カフェを見つけ、コーヒーを頼んで席へと座る。
鞄から取り出した資料を眺めながら、熱々のコーヒーを口に運んだ。

資料の内容はほとんどが実験の内容だ。
真面目に読む気にはなれない、最悪だ、吐き気がする。
眉間に皺を寄せていれば、ふと店内にある視線がこちらに向いている事に気が付く。
エマは顔を上げれば人々は顔を逸らし、各々会話や食事を進める。


(なに…?)


また資料に目を移せば再びちらほら視線を感じた。
居心地が悪くなり、まだ残っているコーヒーを一気に喉に流し込んだ。
多少熱かったけど、しばらくすれば治るので問題はない。

速足で店を出た。
すると、見慣れた服装の軍団がエマを取り囲んだ。


「……海軍」


数十名の海兵がエマに銃や剣を向けている。
エマはとりあえず両手を上に上げ、抵抗しない意思表示をした。
一人、正義を背中に掲げた男が一歩前に出る。


「バーキンズ・エマ、だな」

「……っ!?」


どうして名前を知られているのか、エマは困惑する。
そして男が見せてきた写真には、どこかで撮ったのか、エマの姿が写っていた。


「ここ最近、海軍駐屯地に不正侵入される事件が多発している。完璧な侵入に我々は犯人の足取りを辿れなかった。しかし、スルバ島での事件で、犯人の目撃情報が入った。目撃者の証言を頼りに浮かびあったのが、その時島に滞在していたというお前だ」


エマはなるべく平静を装い、言葉は発しない。


「お前、休憩中の海兵にしつこく施設について聞いていたたそうだな」

「さァ?知らないわ」


エマが証拠があるのかと聞けば、スッ、とエマのもつ鞄を指さした。


「中身、見せてもらおうか」

「……断るわ」

「それは自分がやったと白状してるも同然じゃないのか?大人しく荷物を見せてもらおう」

「断るって言ってるでしょう」

「この…ッ、大人しく渡せ!」


なぜバレたのか。
変装はしていたし、映像電伝虫も機能していなかった。
フィオナにも、正体まではバレていなかったはずだ。
一体、誰が。

そこまで考えて、ふと浮かんだのは先ほどまで一緒にいた、不敵に笑みを浮かべる男。


『考える猶予をやる』


まさか、と。
エマの中にふつふつと怒りの感情が生まれる。


「あん、の…男……ッ!」


もう一度ハートの海賊団を利用してもいい。
エマが演技で泣きながらあいつ等に無理やりやらされたと言えば、この場は逃げ切れるかもしれないし、上手くいけば互いに潰し合いをしてくれるだろう。

ただ、どちらにしろ海軍に"バーキンズ・エマ"という存在は認知されてしまったし、このレベルの軍団がロー達に向かって行っても瞬殺は目に見えている。
そして、その後は今度こそ自分が消されるかもしれない。

ローの言った"立場を分からせる"とはこういう事だったのだ。
エマはローの実力に遠く及ばないのだから。

ならば自分一人でこの数を相手にしてみようか。
そんな甘い事を思ってはみても、厳しいと分かっている上にそこまで自分の実力を過信してはいない。

ギラリとエマの瞳が海兵を捉える。
そして腰に下げている短刀を素早く抜いて、そして構えた。


"ROOM"ルーム


大きなサークルがここら一体を覆う。
そして、"シャンブルズ"と口にした瞬間、海兵の目の前からエマが消えた。

ここは、一旦引くしかない。


「あっちだ!」

「いたぞ、追え!!」


後方から海兵達の声が聞こえて、エマは逃げるスピードを上げる。
エマの向かう先はただ一つ、ローの元だ。

自分を仲間にするために、ここまで強引な手を使ってくるとは完全に予想外だった。
船を出る際に万が一のために"触れておいて"よかったと思う。
その反面、その助けられた能力の持ち主のせいでこうなっているんだと思えば、エマの心情はなかなかに複雑だ。


「とりあえず、一発殴る!!」


そう決めて海岸に向かって走れば、数時間ほど前に降りたばかりの海賊船があった。
大きく息を吸い込んで、船に向かって叫ぶ。


「トラファルガー・ロー!!!」


自身の名前を叫ばれた男が、待ってましたと言わんばかりに姿を現した。


「随分早いお戻りだな」

「すっ呆けないで!あんた、私の情報を海軍に売ったでしょ!?」

「売ったわけじゃない。ただ親切に教えてやっただけだ」

「こ、の…ッ、いけしゃあしゃあと……!」


エマが睨み付ければつけるほど、ローは楽しそうに笑う。


「一発殴らせろ!!」

「嫌なこった」


外の騒々しさに気が付いたのか、なんだなんだと他のクルー達も姿を見せる。


「あ、もう戻ってきた」

「ほんとだ…って、海軍ーーー!?」


その声にエマはハッと後ろを振り向く。


「しつこい…!」

「観念しろバーキンズ・エマ!……と、とととトラファルガー・ロー!?」

「"死の外科医"!?なんでこんな所に!?」


「……さて、どうする?バーキンズ屋」


ローは海軍なんて居ない者のかのように話を続ける。
エマはギリッ、と歯を噛み締める。
残された選択なんて、あるようでないようなものだ。
死ぬか、海賊になるか。

まだ、こんな所で、死ぬわけにはいかない。


「……わかったわ」


大きくはないはずなのに、エマの声がやけに鮮明に響いた。


「私は、あんたの……仲間に、なる……!」


一つ一つ確認するように言葉を紡いだ。
その言葉に、ローはより一層笑みを深めた。


「歓迎する、バーキンズ・エマ」


その言葉を最後に二人の会話は終了する。
エマは海軍に向き直り地面を蹴り、ローはクルー達に言う。


「野郎共、戦闘だ。海軍を殲滅しろ!」


それが開戦の合図となり、ハートの海賊団は危なげなく海軍に勝利した。