ご対面



「ぐっ、あッ…!」

「大口叩いた割に大した事ないのね」


短刀を弾かれ、気を許した隙にフィオナの蹴りが腹部に直撃した。
決して大きくないエマの身体は簡単に吹き飛ばされ、壁に背中を強打する。
激しく咳き込み、血反吐を吐いたが、エマの目はフィオナを睨み付けた。


「気に入らないわ。私とあなたの実力差は目に見えてるっていうのに……」


「その目は何?」とエマの顔を刀の切っ先を喉元に向けた。
しかしエマは億しない、それどころかニヤリと笑みを浮かべて見せた。

恐怖など、微塵も感じていないと煽るように。


「……目的を聞こうと思ったけれど、やめたわ。さっさと殺してしまいましょう」

「殺すのは、あなたの為にならないと思うけど……?」

「今更命乞い?」

「忠告よ」

「それはどうも」


フィオナは刀を持っている手にぐっと力を入れ、躊躇なくそのまま突き出した。

声を出す暇もなかった。
エマの喉には刀が刺さり、ぽたりぽたりと血が刀を伝って落ちている。
カクン、と折れた首から刀を抜き出せば、勢いよく血が吹き出し、フィオナの頬を汚した。

ドシャリ、とエマの身体は、崩れる様に床に突っ伏した。


「ねずみは排除した。次はトラファルガー・ローね」


踵を返し、刀を振るって血を落とす。
そのまま歩を進めたフィオナだったが、違和感を感じてピタリと動きを止めた。

ゆっくりと振り返った瞬間、ガシッと足を掴まれて視線は下へと向いた。


「……っ、まさか、」

「ゴホッ、ゴホッ…っ、ハァ……どこ、行くの…?」


足元を見て、フィオナはゾッと背筋を凍らせた。

足を掴んでいたのは、間違いなく経った今自分が息の根を止めたはずの女だった。
この出血の量、まだ息があるのは納得できても、動けるのまでは納得が出来ない。

目を逸らす事の出来ない中、フィオナはある事に気が付いた。

先ほどまでボロボロだったはずの女の傷は、一体どこにいったのだ、と。

トドメは最後に首を刺した、だがその前にも多くの致命傷を負わせたはずだった。
なのに、本来あるはずのその傷は見当たらない。

フィオナが驚愕する姿を見て、エマはニヤリと口角を上げた。


「しっかり、急所を狙うべき、っ、だったわね」

「……なん、なのよ、あなた…ッ!」


フィオナの顔が、みるみるうちに恐怖の色に染まっていく。
立ち上がったエマが目の前にまでやってくると、小さく悲鳴を漏らした。

乱れた前髪からギラリと光る瞳が、フィオナを睨み付ける。
ゆっくりと伸ばされたエマの手が、とん、とフィオナの胸元に当てられた。

そして、ゆっくりと口を開いた。


"共有"シェア"痛み"ペイン

「ッ!?ハッ、うァッ……ッ!」


途端、フィオナが自分の首元を両手で抑え、膝をつく。
ヒューヒューと喉を鳴らし、何が何だかわからないと混乱と苦痛の表情を浮かべ、エマを見上げた。


「ああ、ごめんなさい。中途半端に、治っちゃったから……苦しいわよね」


分かるわ、とそう言いながら、弾かれた短刀を素早く拾い上げる。

フィオナの目の前で信じられない事が起きる。
自分が突いたエマの喉元の穴が、みるみるうちに塞がっていくではないか。

そこで初めて、突然感じた喉の痛みがだんだんと和らいでいき、そして完全になくなっている事にフィオナは気が付いた。


「っ、う……あ………」

「動かないで」


呆然とするフィオナの喉元に、エマは先ほど自分がされたのと同じように切っ先を向けた。

フィオナの身体は、ピクリとも動かなかった。


「……ちょっと眠ってて」


しかし、エマは同じように喉元を刺す事はせずに、変わりに注射器を打ち込んだ。

すぐにその効き目は表れ、フィオナはゆっくりと意識を手放した。


"解除"アンシェア


能力を解き、エマはふぅ、と一息つくと、フィオナの服の中を漁る。


「あった」


部屋の開錠のために必要なカードキーを見つけると、それを自身のポケットに大事に仕舞い込んだ。
ふと自分の服が血だらけな事に気が付いたが、あとは資料を盗むだけなので気にしないでおく。

敵の大将を倒してしまえば、目的の部屋には特に大きな戦闘もなく辿りついた。

カードキーをかざすと、ピピッ、と音を立てて正常に扉が開く。
ゆっくりと足を踏み入れて警戒するが、中には誰もいなかった。

すぐに資料探しに取り掛かる。
少し乱暴に棚から引っ張り出し、確認しては床にバサバサと落としていく。

そして、エマの動きがピタリと止まった。
一冊の資料を見つけ、表紙の文字を手で優しくなぞる。

"悪魔の一族、バーキンズ"

エマはその資料を持って部屋を出る。
カードキーは、ぱきりと折ってその場に捨てておいた。

これでもうこの施設に用はない。
ご丁寧に出口から出る必要もないと思い、海兵の姿がない事を確認すると、近くの窓を開けて飛び降りた。


「血生臭い……」


隠してあった自身の荷物から服を引っ張り出し、血で染まった海軍服は脱ぎ捨てた。

そういえば、海軍とローが戦闘しているはずだが、街の方が妙に静かだ。
嫌な予感がする、と資料を素早く鞄にしまい、早くこの場を離れようとした。


「おい」


しようとした、のだが。


「この騒動、主犯はお前か?」


目の前に現れた男、トラファルガー・ローとそのクルー達。


「答えろ」


その男の瞳はエマを捉えていた。

背筋にツー、と冷や汗が垂れたのが分かった。