潜入



「そこの海兵のお姉さん」


手招きをして街を徘徊していた女海兵を適当に捕まえる。
あれやこれやと理由を付けて人目のない場所まで誘導し、隠し持っていた注射器を素早く腕に刺した。


「おやすみ」


女海兵は糸が切れたマリオネットの様に、その場に倒れた。


「丸一日は眠ってて貰うわね」


その海兵の電伝虫を奪い、身ぐるみを剥ぎ腕を通す。
白が目立つ制服に目を向けると、自然と眉間に皺が寄った。


「潜入のためとはいえ、やっぱり胸糞悪いわね……」


小さく舌打ちをし、施設へと視線を動かす。
入口にある映像電伝虫は、昼のうちに回線をジャック済だ。

潜入の準備は整った、あとは敵の戦力を分散させるだけ。
エマは海兵になりすまし、電伝虫の受話器を取った。


「こちらB-504地区、海賊"死の外科医トラファルガー・ロー"とその一味を発見。ただちに応援を要求します。繰り返します―――……」


連絡をして数分後、街の方が騒がしくなってきた。
銃声や叫び声が聞こえ、海軍のローへの攻撃が始まったのだと悟る。
目論み通り、施設の警備が薄くなった。

仕掛けるなら、今――


「悪いわね、トラファルガー・ロー」


月の明かりが照らす中、エマは施設へと足を踏み入れた。
中に入るや否や、中の警備の手薄さに、息を飲むほど驚いてしまう。


「そんなに危険視するほどなの、あの男は…?」


あるいは、ここを任されている大佐が相当の手練れなのか。
どちらにせよ油断は禁物。

エマは警戒心を強め、奥へ奥へと進んで行った。


「あれが大佐の部屋のはず……」


壁の陰に隠れながら、目的の部屋を視界に捉えた。


「……ッ!?」


刹那、死角からの殺意に咄嗟に身を引いた。
顔の横スレスレを通ったのは、ギラギラと光る刃物だった。


「随分と手の込んだ潜入だこと。あなたの仕業ね?」

「……情報管理施設長兼海軍本部大佐、カリー・フィオナね」

「あら私を知ってるの、光栄だわ。私はあなたの事存じないのだけれど、教えていただける?」

「知る必要はないわ。教えるつもりもないし」

「まぁ、私も興味はないのだけれど。捕まえてから吐かせるとしましょう……目的も、ねッ!」


会話が終わると同時に振り下ろされた刀。

フィオナは悪魔の能力者ではないが、実力のある剣士だと兵士が話しているのを偶然耳にした。
エマも自身の短刀を抜くと刃が激しくぶつかり合った。


「私の目的のために、アンタは邪魔なのよ……!」


エマは間合いを取ると、再びフィオナに向かって刃を突き出した。




***




「おいおい、これはどういう事だ?」


騒ぎを起こしたのは誰だ、という意味合いでクルー達を睨み付ける。
クルー達は皆、ブンブンと音が聞こえてきそうな勢いで首を横に振った。


「チッ、ここで騒ぎを起こすつもりはなかったが……売られた喧嘩は買うしかないよなァ?」


ローは敵を視界に捉えると不敵に笑った。


「気を楽にしろ、すぐに終わる」


一瞬の出来事だった。

ローの足元には人の頭、腕、足、その他無数の身体の部位が切り刻まれて、無残に転がっていた。
痛みはないのか、海兵達は何が起こっているのか状況を読み込めていない。


「おい、本当にお前等が騒ぎを起こした訳じゃないんだな?」

「本当ですよキャプテン!」

「というかおれ達ずっと一緒に行動してたでしょ!?」


たしかに、無罪だと騒ぐベポ達は今日一日ローと行動を共にしていた。
ローは少し考えると、視線をある場所に移した。


「何か居やがるな」


ローは「行くぞ」とクルー達に声を掛ける。
その歩みの方向は、やけに静かな情報施設だった。