少女のこと



ばくばくばくばく。

テーブルにこれでもかって程あった料理が、あっという間に消えた。


「すごい……」


エマは視線を目の前の光景に向けながらも、しっかりと料理を口に運んだ。


「……おいしい。これすごくおいしいですサンジさん」

「ほんと〜〜〜〜嬉しいなぁ!エマちゃんのために作ったんだよぉ〜〜!!」

「気色わりィ声出すなエロコック」

「あ゙!?なんだテメェこのマリモ野郎!!」

「あーーッ!!?ルフィそれはおれのだぞ返せ!!」

「いふあへもほっほくのがありぃ!ウッ!?」

「ルフィ〜〜〜!!大丈夫か医者〜〜〜!おれだ〜〜〜!?」

「うっさい!!静かに食わんかい!!!」

「ふふ、にぎやかね」


サンジとゾロの喧嘩をはじめルフィとウソップの食事の取り合い。
喉を詰まらせるルフィにあたふたするチョッパー。
怒るナミに悠長にコーヒーを飲むロビン。
目の前の彼等の自由っぷりに圧倒されてしまう。

エマはなんだかすごく久しぶりに、心から笑えた気がした。


「で?」

「……はい?」

「あたし達は海賊よ?なのにこのご丁寧なおもてなしは、どういうつもりかしら?」


食事を終えた頃、突然話を切り出した。
「何か裏があるとしか思えない」とナミは続ける。
そんなナミにルフィが声を上げた。


「ナミ!おめー失礼だぞ!!」

「あんたはちょっと黙ってて!私だってエマの事疑いたくないけどひっかかるのよ!」

「メシ作ってくれる奴が悪い奴なわけないだろ!!」

「あんたの持論は聞いてないわよ!」

「たしかに、村の人達は海賊を毛嫌いしてるって言ってたものね」

「そう、そうなのよ!」


「どうなの!?」と顔をずいっと近づけエマに問いかける。
エマは少し困った表情を浮かべながらも、口を開いた。


「あの、怪しむ気持ちすごく分かるんですけど……本当に特に理由はないんです。私は海賊が嫌いなわけではないので……」

「どういう事?」

「……そうですね、海賊も海軍もただの一般人も、悪い人は悪いし良い人は良い人って考えなので。しいて言えば、こうやって皆でワイワイ食事がしたかっただけかもしれません」


エマがそう言うと、ナミは黙って身を引く。
思いがけない沈黙に、エマは慌てて両手を振った。


「あ、違うんです!いや違くはないか……本当に敵意はなくて…!」

「なんかあったのか?」

「……え?」

「話してくれよ、お前の事」

「そんな、私の事なんて聞いても楽しくないですよ」

「おれが聞きてェから話せ」

「いや横暴か!」

「あー、すまねぇなエマちゃん。もしよければ話してやってくれねェかな?」

「そうね、あんたの事が知りたいわエマ」


にっこりと言われてしまえば断れない。
エマは頷いてポツポツと話しはじめた。

母が海賊で、エマが生まれた事で海賊を辞めた事。
二人でこの島にやってきた事。
この島は昔、海賊に壊滅状態まで追いやられた事が有り受け入れてもらえなかった事。
この島を襲う海賊から守る事を条件に、この島の滞在が許可された事。


「お前の母ちゃん、海賊だったのか〜」

「船長だったみたいなんですけどね。私ができた事で解散しちゃったみたいで」

「へェ」

「そのお母様は今どこに?」

「6年前に亡くなりました」

「え!?」

「じゃあ、外にあったお墓はあなたのお母さんの……」

「はい。不格好で母には申し訳ないんですけど」

「そんな事ねェと思うぜ」

「つらかったな、エマ」


チョッパーはてちてちと足音をたててエマの傍に寄り、手を握った。
エマは目をぱちくりとさせ、すぐに口元を緩めて微笑んだ。


「この島をナワバリにしようとした海賊との戦いで命を落としました。でも、約束通り島を守り抜いた母は私の誇りなんです」


へらりと顔を上げて笑って見せれば、チョッパーとウソップの目が潤んでいるのが見えた。


「健気だなおめぇ〜〜〜!!」

「メシ一緒にいっぱい食べような〜〜〜!!」

「じゃあ、6年間一人でずっとここに?他の人達とは和解できてないの?」

「いえ、母の件から仲良くさせてもらってます。ただ私がこの場所を捨てられなくて」

「そっか、そうよね」

「あはは、湿っぽくなっちゃいましたね!大丈夫です、島の子供たちがたまに遊びに来てくれるし……」


エマが慌てるように言うと、外からエマを呼ぶ声が聞こえた。

「噂をすれば」とエマは嬉しそうに席を立った。


「なんか……すごく健気で良い子ね」

「そうだな。おめーも少し見習ったらどうだ?」

「どういう意味よウソップ!」

「わー!待て待て冗談だって!」

「なァなァ」

「何よルフィ」

「アイツ、仲間にならねェかな」


にしし、と笑うルフィにサンジは賛成と声を上げ、ナミはため息をついた。

そんな話が行われていることも露知らず、エマはいつも子供たちから求められるトマトが今日は品切れな事に気が付いて、ごめんねと謝るのであった。



***



「ルフィが崖から落ちたァ〜〜〜!!!!」

「えぇ!?」


上陸から数日、今日もエマと麦わらの一味は一緒に過ごしていた。
何事も起きず平穏な午後、と思った矢先の事である。

エマの家は島の一番高い丘にあり、その崖の下は広い広い大海原である。
その崖から、ルフィが落ちたというのだ。
飛びこもうとするゾロ、サンジを周りが必死に止めていた。


「離せ!アイツは泳げねェんだぞ!!」

「分かってるけど!こんな高さから飛び込んだらお前達だってどうなるか……!」

「じゃァどうすんだよ!!」

「私が行きます」


少し遅れて駆けてきたのはエマだった。
エマは二人を手で制すると、にこりと笑う。


「大丈夫、私の能力なら助けられます」

「能力って……まさかエマちゃんも…!?」

「ちょっと待っててくださいね」


そう言って真っ逆さまに崖から海へとダイブする。
上から慌てる声が聞こえたが、エマの身体は水しぶきを上げて海へと落ちて行った。


「ちょっと!大丈夫なの!?」

「知るか!大丈夫っつって飛び込んだんだろ!」

「ルフィ〜〜!エマ〜〜!!」


チョッパーの声が海と風によってかき消される。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、正確には大した時間はかかっていないはずだが不安と焦りでやたら長く感じた。

すると海面が盛り上がり、大きな水柱が出来た。
その中に人の影が2つ見える。


「エマだ!!」

「ええ〜〜〜!?浮いてる〜〜〜!!?」

「おいおいどういう能力だありゃ!?」


エマとルフィの身体が上昇する。
意識を取り戻したのかルフィは「すんげぇ〜〜〜!!」と目を輝かせていた。


「こんのアホ!!!」

「ずびばぜんでしだぁ!!!」

「な、ナミさんそれくらいで……!ルフィさん死んじゃいますよ!」


案の定ナミに怒りの鉄槌を喰らったルフィの顔は、もはや誰だか判別出来ないほどに腫れ上がっていた。


「エマ、本当にありがとう。助かったわ」

「いえ、無事で良かったです」

「それにしても驚いたぜ、まさか能力者とはなぁ」

「サイサイの実を食べました、超能力が使えます。私が海に入っても無事だったのはこの力で海水を自分から押しのけてただけなんです。服が濡れてないでしょう?」

「へぇ〜便利な能力だなそりゃ」

「ええ、とっても。物を浮かす事もできますし」


こんな風に、とエマは地面に向かって手をかざした。
すると石ころが数個ルフィの顔の高さまで浮き上がった。
エマの手の動きに合わせてくるくると宙を舞う。

それを見たルフィ、チョッパー、ウソップの3人は手を上げて自信も浮かせてくれとエマに言い寄った。


「その、皆さんが自由に飛べるわけじゃなくて、私が浮かせて動かすってだけなんですけど……いいですか?」


エマが申し訳なさそうに言うも、3人はまったく気にせずに早く早くと急かすだけだった。
その様子にエマも笑顔を浮かべて手をかざした。


「じゃあ、行きますよ…!」


途端にルフィ達は、自分の身体の自由がきかない事に気が付いた。
エマが手を上に動かすと、それに合わせてふわりと宙に浮いた。


「おれ、浮いてる〜〜!!」

「すっげーーー!鳥になった気分だ!」

「エマ!また海に潜ってくれよ〜!」


ルフィのお願いにエマは快く頷いた。

能力者であるルフィとチョッパーには体験するのは難しいであろう遊泳。
4人はしばらくの間、海の中を堪能したのであった。