再会
「麦わらとは、どういった関係だ?ロー」
「なんの事だ」
「しらばっくれるんじゃねェよ」
スモーカーは口から大量の煙を吐き出し、懐からある物を取り出した。
「電伝虫…?」
エマが首を傾げながら、その奇妙な生物の名称を呟いた。
スモーカーが操作するとそれはノイズの混ざった音を発した、どうやら通話の録音のようだ。
『もしもし!おれはルフィ!海賊王になる男だ!!』
『名乗るなァ!!!』
『バカかお前は!!!』
「麦わら屋…?」
「あら、懐かしい声」
彼に最後に会ったのは二年前、否、見たという方が正しいだろうか。
なにせあの時の彼は面と向かって話せる状態ではなかったからだ。
彼がこちらを覚えているのかどうかも怪しい。
シャボンディ諸島で仲間たちと散り散りになってしまったはずだが、後ろから複数の怒声が聴こえるあたり、無事に合流出来たのであろう。
つまり、彼等もついに"新世界"にやって来たという事だ――
『誰でもいいから助けてくれ!!ここは――パンクハザード…!!!』
麦わらの一味の通信相手であろうか、その男はこの島の名前を口にした。
「ああ、なるほど。盗聴用の電伝虫だったのね」
どうやら、この島にいるらしい男からの緊急信号が、たまたま麦わらの一味に繋がったらしい。
助けを求めた相手が海賊とは運が悪い…とは言い切れない、麦わらのルフィとはそういう海賊のような気がした。
「島の名前、寒いという気候…声の虫はこの島から信号を送っていたのでは…?」
「お前は二年前、シャボンディ諸島での騒動で麦わらと共闘…そして頂上戦争では赤犬に追われる奴を逃がした」
「だからどうした。緊急信号の捏造はお前等海軍の十八番だろう」
「残念ながらこの通信はウチで作ったもの罠じゃない」
「どうだかな…おれが知らねェ話はこれで終わりだ」
「つまらん問答はいい。研究所の中を見せろ、ロー」
スモーカーが一歩前に出て言った。
それに対しローの答えはもちろんノーだ。
「今はおれの別荘だ、断る。それに、海軍が捨てたこの島に海賊のおれ達がいて何が悪い。ここにいるのはおれ達二人だけだ」
ローは目線だけでエマをさした。
エマはその意図を汲み「そうね」と同意した。
「話が済んだのなら帰れ。もし麦わらがここに来たのなら、首は取っといてやる」
ローの言葉にスモーカーはそれ以上何も言わず、少しの沈黙が流れた。
このまま大人しく帰ってくれるのだろうか。
エマが頭の片隅でそう考えた、その時だった。
「きゃああああ!!」
「え、寒〜〜い!!」
「エーン!怖かったよぉ、凍った人たち…!!」
背後から聴こえてくる、無数の声。
思わず振り向けば、ドタドタと慌ただしい足音と共に段々と人影が見えてきた。
「ハチャ〜〜〜〜〜!!!外だ〜〜〜!!!」
先頭をきったのは何やら茶色の生き物だった。
それに続いたのは、オレンジ色の髪をした美女、ロボ、ぐるぐる眉毛の金髪、そしてサイズ感がバラバラな子供たちであった。
「な、なに…?」
「……」
チラリとローの顔を盗み見た。
珍しく口がぽかんを開いた姿に、彼もこの状況が飲み込めていない事がよく分かる。
突然ドアを突き破って現れたのは、今しがた話題に上がったその一味だった。
「あ〜〜〜〜!!あんた見覚えがある!」
「シャボンディにいた奴だぞ!」
「あんたがこの子達を閉じ込めてたの!?外道!返さないわよこの子達!!」
「あっ、てめェは…いつかの極悪人面した海兵!と!いつものカワイコさ〜〜ん!!……と、い、何時ぞやの美女〜〜〜〜!??!」
「……ってまずい!まさかの海軍だ!」
「ここは無理だ!」「出口を変えよう!」「中に入れ!」「逃げろ!」とあちこちで飛び交う。
一気に場が騒がしくなった。
その様子はまるで、二年前のあのオークション会場の時のようだと、過去の記憶が脳内を駆け巡る。
「……何が二人だ、いるじゃねェか大勢…!!」
「……いたな。今、驚いてるところだ」
「ね、ロー。今の変な茶色の動物…もしかしてチョッパーだったんじゃないかしら…!」
「それどころじゃねェだろ、バカ」
そう言ってローが手をかざした。
「面倒持ち込みやがって…!"ROOM"」
ブゥゥン、とここら一体をサークルが囲った。
「タクト」とローが呟き、人差し指を上に向けた時だった。
「ぐ、軍艦が…!!浮いたァ!?!」
「河底まで!!」
「やっぱこいつやべェ奴だよスモやぁん!!」
ローは浮き上がらせた軍艦をそのまま巨大の氷塊の上に降ろした。
バキバキと音をたて、巨大なオブジェと化してしまった軍艦はもう使い物にはならないだろう。
「人がいねェと言った事は謝るよ。だが、お前等をもうここから出す事はできねェ」
続けてローは海兵の所持する通信手段すべてを奪う。
ここで見た事、聞いた事すべての情報を海軍に漏らす訳にはいかなかった。
「ロー、あっちは?いいの?」
「あァ…」
エマが指をさした先には、この場を去ろうとする麦わらの一味がいた。
「あいつ等も、だ……侍もいたな」
ああ、お気の毒に。
どんどん遠ざかる一味の後ろ姿を見て、エマは思う。
ローに何かを施された一味は、先ほどよりも一層騒がしく、それでも足は止めずに走り去っていった。
「追う?」
「どうせ逃げ切れやしねェ、放っておけ。それより……」
「こっちだな」と不敵な笑みをローは浮かべる。
その視線の先には、鋭い眼光を二人に向けてくるスモーカー。
「トラファルガー・ロー!!!」
しかし、その横を掻い潜って刀を抜いたのはたしぎだった。
ローはやれやれと帽子を深く被り直し、彼もまた刀を抜いた。
「お前じゃ受けきれねぇ!!避けろたしぎ!!!」
ローの大きく振りぬいた刀が、たしぎの身体をなんなく切った。
痛みもなく血も出ないのは、ローお得意の能力だ。
「切られてもまだ…生きているなんて…!!」
地面に突っ伏したたしぎが、拳を震わせて叫んだ。
「殺すなら殺せ、トラファルガー!!」
その言葉に、ローは元々深い眉間の皺を更に深くした。
「口先だけは一端の海兵か?よく聞け女海兵……弱ェ奴は、死に方も選べねェ」
「ッ!!」
「そんなに気に入ったんなら、もっとキザんでやるよ」
ギラリと光る切っ先がたしぎを捉えた。
しかし振り下ろした刀は、ギィン!と金属同士がぶつかる音を立てて弾かれた。
「……スモーカーさん」
「下がってろお前等。コイツの相手はおれだ」
「おう!頼んだぜスモやん!!」
「行くぞ大佐ちゃん、レベル違いだ!!」
二つに分かれたたしぎの身体を拾い上げ、海兵達は退いていった。
「私も下がってるわね」
「あァ、退いてろ」
「気を付けて。彼、強いわよ」
「そんな事は分かってる」
吹雪で視界が悪い中、どんどん小さくなる彼の背中を見送った。
エマの足がサークルから出た瞬間、大きな地響きと共に彼等の戦いが始まった。
***
「さむ……」
戦いはそう長引かないものだ。
しかしこの極寒の中となると、実際大した時間が経っていなくても長く感じてしまう。
両手を擦り合わせ、摩擦で暖を取るがそんなものでは間に合わない。
「随分と派手にやってるわね」
視界には映らないが、二人の激闘が足元の地響きから伝わってくる。
ローが負けるとは思っていない、だが相手が相手なだけにエマは内心不安を感じていた。
「あ、」
二つあったうち、一つの気配が消えた。
寒さで固まりつつあった足を一歩踏み出し、小走りで駆け寄った。
「ロー!」
吹雪の勢いが少しずつ弱まり、彼の姿を確認した。
「怪我は?」
「あァ、問題ない」
「そう、よかった。それは…?」
ローの手に握られた物を見て、エマが問う。
キューブ型のそれはドクンドクン、と一定の速さで動いている。
何度か見たことがあったそれに、あぁ、とエマは頷いた。
「少し、考えがあってな」
「悪い顔してる」
エマがふと笑うと、ローもニヤリと口角を上げた。
施設内に戻る、そう言って二人が歩き出した、その時だった。
「ホラやっぱり軍艦だ!!」
「なんでこんな所に…!」
「おい!あそこに誰かいるぞ!!」
思わず既視感、とエマは呟いた。
間違いない。あの顔、あの声、そしてトレードマークの麦わら帽子。
「……麦わら屋」
「あ〜〜〜!!お前!!あの時の!!」
彼は大男を走らせ、その頭の上で大声を上げて手を振っている。
「あれシーザーの部下よね…?何やってるのかしら」
「おれが知るか」
大男から降りてきた麦わらのルフィと対峙する。
この際、ルフィの後ろにくっついている下半身については触れない事にした。
無表情のローとは反対に、ルフィはにこにこと笑みを浮かべていた。
「こんなトコでお前に会えるなんて思わなかった!あんときゃ本当にありがとうな!!」
「……よく生きてたもんだな。あの時の事を恩に感じる必要はねェ、あれはおれの気まぐれだ」
どういたしまして、くらい素直に言えばいいのに。
エマはそう思いながらも口には出さず、二人の会話の続きを見守った。
「おれもお前も海賊だ、忘れるな」
「ししし、そうだな!だけど二年前の事は色んな奴に恩がある。ジンベエの次にお前に会えるなんてラッキーだ!」
相変わらず太陽のような笑顔を向けるルフィに、つられた様にエマからはくすりと笑みが零れる。
一方のローは何も言わず、目の前の少年を見ているだけだった。
「スモーカーさん!!!」
そんな中、二人の会話に水を差すように第三者の声が響き渡る。
たしぎは雪の上で意識を失っているスモーカーを見て息を飲んだ。
どうやら胸付近にぽっかりと穴が開いている事に気づいたのだろう。
そんなたしぎを筆頭に、避難していたはずの海兵達が続々と戻ってきていた。
「よくも……トラファルガー!!」
「おいおい、よせ……そういうドロ臭ェのは、嫌いなんだ」
ビュ、とローが二人に向かって刀で突いた。
ズズズ、と音がしてその後たしぎもスモーカー同様に意識を失った。
「えっ、なんだ!?今何したんだ!?」
「スモやぁん!!大佐ちゃん!?」
「くそォ!!この悪魔め!!」
この中で今何が起きたのか、分かるのはロー本人とエマだけだ。
しかし戸惑いながらも、海兵達は武器を取り戦闘態勢をとってこちらへと向かってくる。
「一旦引きましょう、埒が明かないわ」
エマの提案に、ローも頷いた。
これ以上海兵の相手をしていても、時間の無駄である。
その場を立ち退く際、海兵相手に忙しそうなルフィに、ローは静かに声をかけた。
「研究所の裏へ回れ。お前等の探し物なら、そこにある」
「っ、わかった!」
ローの言葉に素直に返事をしたルフィに、エマは思わず笑みを浮かべてしまった。
「ふふ、またあとでね。麦わらくん」
すぐに会う事になるだろう。
ローが今後何を考えているのか少なからず察したエマは、小さく手を振って先を歩くローの後ろを追った。