同盟



「ハァ、寒かった……」


手の平に息を吹きかけながらエマは呟やく。
研究所の中は外よりは大分マシだが、それでもコートを脱げるような気温ではなかった。

そんなエマとは正反対に、いつもキャミソール姿のモネが「おかえり」と二人を出迎えた。
そしてもう一つ、自身よりも大きな影が二人に覆い被さった。


「てめェ!なんて事してくれたロー!」

「それはこっちの台詞だシーザー」


影はシーザーのものだった。
彼の表情と口調からして何かに怒っている様子だったが、それはこちらとて同じである。


「あのガキ共はなんだ?それに他の海賊に侵入を許すとはな……」


そう言ってローは懐から何かを取り出し、それをシーザーの方へと放る。
それはシーザーの手の中でドクンドクンと一定のリズムで動いていた。


「これは?」

「海軍G-5の中将、スモーカー…その心臓だ」


すると数秒前までの態度とは一変、シーザーの口角がニンマリと弧を描いた。


「シュロロロ!気の利いた土産じゃねェか!すでに海軍側へは兵を送ってあるが…これならもう勝負は見えてる」

「それで?"麦わら"の方はどうなの?」

「あァ、ガキ共と一緒のようだ。あいつ等は放っておいてもここへ帰ってきたくなるんだが…モネが十分注意しろと言うんでな、やりすぎかとは思ったがあの二人を行かせた」

「あの二人?」

「"イエティ COOL BROTHERS"だ」


それは雪山の殺し屋、と呼ばれる二人組だ。
これはあの麦わら達もただでは済まないかもしれない、エマはそう思った。

そして狙ったかのように、シーザーへの連絡が入る。
それはその二人組が"麦わらの一味"と思われる者達を数人始末したという内容だった。


「あァ、聞いたか?早速死んじまったぞモネ」

「そう、うふふふ、それは期待外れ」

「あの麦わら達がそう簡単に…?」

「ローと同じ"最悪の世代"で、政府が"黒ひげ"に劣らず危険視してる一味だったけど…もっと骨のある奴らかと思ったわ。ね、ロー」


モネがローに話を振るが、ローは何も答えない。


「よく知ってるんじゃない?2年前のシャボンディそしてマリンフォード…あなたは"麦わらに"二度関わってる」

「…なに?」


シーザーが目の色を変えた。
どこから取り出したのか、いつの間にかその手には拳銃が握られており、その銃口はローへと向いていた。


「まさか、お前が呼び込んだって事はねェよな…?」

「そんな訳ないじゃない。玄関ではち合わせるまで知らなかったわ」

「知っていたらおれが警告してやったさ、捕らえただけで安心するなと。お前らのその甘さのせいで、おれは海軍を追い払えなくなったんだ」

「ここにいる事がバレるのは、私達にとっても都合の悪い事なのよ」

「その通りだ」


エマとローの言い分に、シーザーは押し黙る。
ここへ滞在するために部下の血液の採取、その他の条件をのみ、同じ穴のムジナである目の前の男が、今更話の拗れるような事をするだろうか。


「……まァ、仲間を呼び込むならもっと上手くやるよな」


「悪かったな」とシーザーは拳銃を下ろした。


「…さっき、ガキ共は放っておいても帰ってくると言っていたが?」

「あァ……」


ローの疑問に、シーザーはニヤリと笑い何やら丸い小さな物体を取り出した。


「毎日、ドラッグキャンディを与えてる。甘くてシュワシュワ…ウチに帰っちゃ貰えねェからなァ…!!」


シュロロロ!と独特な笑い声をあげるシーザーに、思わずエマは軽蔑の眼差しを向ける。


「趣味の悪ィ男だ…誰かを思い出す」


話は終わりだと言わんばかりに、ローは鬼哭へと手を伸ばし立ち上がった。


「戦闘は?」


モネが投げかけた言葉に、ローは足を止めずに答える。


「必要なら呼べ。誰の首でも獲ってやるよ」


頭の回る奴は扱いずらい。
そう零したシーザーの言葉は、二人の耳に届く事はなかった。





***





「裏口へ向かうのよね?」

「あァ」

「はぁ、また外なのね……」


ため息をつきながらエマはコートのチャックを最大限に上げる。
歩を進めて行くと、シーザーが向かわせたのであろう兵の姿があった。


「あれ、お二人とも?どちらへ!?」

「今近くに海軍の奴らが…!」

「……知らねェよ」

「え!?」


キンッ、とローが刀を振るった。


「どこへ行こうと、おれの自由だ」

「ごめんなさいね、急いでるの」


切られた兵を雪道の置き去りにし、二人はどんどん前へと進んでいく。
目的地に近づけば近づくほど、爆発音や地鳴りが聴こえてきた。


「戦闘してる…?」


エマが目を凝らすと同時に、ローが地面をトン、と蹴って鬼哭に手をかける。
瞬間、ズバン!と大きな音が鳴ったと思えば、上から巨大な上半身が落ちてきた。


「ちょっ…!」

「"カウンターショック"」


続けて同じくらい大きな音と少しばかりの稲妻が目に入る。
エマは素早くフードを被り直し、小さく身をかがめた。

案の定、その衝撃で舞った雪が容赦なくエマに降り注いだ。


「……冷たい」

「避ければよかっただろ」

「急なのよ」

「そうか。攻撃した、避けろ」

「遅いわよ!」


顔も向けずに言ったローの肩をバシッと叩く。
もちろん、ローにはなんもダメージもない。


「トラ男〜〜〜!!」


そんな茶番をしていた二人の元に、一人の男が近づいてきた。
ここへ来た目的、"麦わらのルフィ"だった。


「お前ナミを助けてくれたのか〜〜〜!」

「あ、ありがとう……じゃない!アンタ!私の体返してよ!!」


ナミ、もとい見た目はフランキーがそう叫ぶ。
鎖でぐるぐる巻きにされ身動きが取れない彼女、もとい彼をルフィが鎖を引きちぎって簡単に自由の身へとさせていた。

そんな状況もお構いなしに、ローは本題へと入る。


「……少し考えてな、お前に話があってきた。麦わら屋」

「おれに?」

「お前らは偶然この島にやってきたんだろうが…この島には"新世界"を引っかき回す程の『重要な鍵』が眠っている」

「重要な鍵ィ?」


怪訝な表情を浮かべるルフィに、ローはそのまま話を続けた。


「この"新世界"で生き残る術は二つ。"四皇"の傘下に下るか、挑み続けるかだ……誰かの下につきてェってタマじゃねェよなお前は」

「ああ!おれは船長がいい!!」


すっぱりと言い切ったルフィに、エマは小さく笑う。


「だったらウチと同盟を結べ」

「……同盟?」

「お前とおれが組めば、やれるかもしれねェ」


横目でローを見れば、それはそれは楽しそうな笑みを浮かべている。
想像していた通りの結果に、エマも満足そうな顔をした。


「"四皇"を一人、引きずり降ろす"策"がある…!!!」


ローのその言葉に、一番初めに口を開いたのはナミだった。


「同盟ですって!?あんた達と組めば"四皇"の誰かを倒せるっていうの?馬鹿馬鹿しい……駄目よルフィ!こんな奴の口車に乗っちゃ!!」

「何もいきなり倒せるって訳じゃないわ」

「順を追って作成を進めれば、そのチャンスを見い出せるという話だ」


どうする、麦わら屋?
その問いに、ルフィが質問を返した。


「その"四皇"って、誰の事だ?」

「ちょっとルフィ!?何こんな話に興味持ってるの!こんな奴ら信用ならないわよ!!」


ナミはそう説得するが、ルフィはそれに耳を貸さず、ローの話を黙って聞いていた。
そしてその"四皇"の名前を聞いて、大きく頷いたのだ。


「……そうか、よし!やろう!」


ルフィが合意した。
この瞬間、"麦わらの一味"と"ハートの海賊団"の両船長による、海賊同盟が結ばれたのだった。