共闘
「いったァ〜〜〜!!なんでコイツこんなに固いんだよォ!!」
くまに蹴りを繰り出したベポが、自身の脛を抑えながら地面を転がった。
続いてエマが斬撃を食らわすと、キィン!と金属を叩いた様な音をたてて弾かれる。
「弾かれた!?」
「ベポ、ペンギン、シャチ、ジャンバール!お前等は後方の海兵の相手をしろ、こっちに近づけさせるな!……"ROOM"」
能力を使い、今度はローが刀を構え、そして薙いだ。
ガキィン!!と、先ほどよりも低音が響き渡った。
「……固ェな…!」
「船長の能力でも斬れないなんて……」
今までローの能力で斬られ平気でいられる者になど、会った事がなかった。
"七武海"の強さを目の当たりにし、エマのこめかみからは、タラリと冷や汗が流れた。
「でもまァ、まったく効いてないって訳でもなさそうだな」
くまの胴体に、一本の太刀筋が入っていた。
しかし、その様子がどうもおかしい。
斬られているのなら、分かりやすく出るはずなのだ。
そう、人間であるのならば――
「なんなの、あれ……」
ローがつけた傷口から電気がバチバチと鳴り、時折火花が飛んだ。
そしてそこから突き出しているのは、切断された無数のコード。
「バーソロミュー・くまって、人間じゃないの…?」
「おれが知るか」
「人じゃないなら、私の能力は使えないじゃない、もう…!
エマの能力をかけられる対象は"生きてるもの"だけ。
目の前の男がそうなのかどうかは、一目瞭然だった。
「邪魔だお前等ァ!!!」
途端に、辺りが暗くなったかと思うと、巨大な塊がこちら目掛けて落下してくる。
それと同時に、エマとローの刀がその中に引きずり込まれようとしていた。
「キッド…!」
「七武海だかなんだが知らねェが、とっととそこをどきやがれェッ!!!」
刀がそれに巻き込まれない様、強く握ってそこから飛び退いた。
強烈な一撃がくまに直撃する。
着地した際に地面が大きく揺れ、割れ目が入り、そして爆風が起きた。
「う、わ…っ!」
ぶわりと砂煙が巻き上がり、それが晴れた時、その場に立っていたのはキッド一人だけだった。
「フン、この程度か、七武海ってヤツはよ」
「すごい……」
三億を超える首の実力は、伊達ではなかった。
くまは倒れ、ピクリとも動かない。
それを確認したキッドが、くまに背を向け、立ち去ろうとした時だった。
「まだだぜ、ユースタス屋」
「あァ…?」
「ッ、危ない…!!」
カパ、と口を開けたくまが、先ほどローに向けた光線を今度はキッドに向かって発射しようとしていた。
咄嗟にエマは、ローの手を掴んだ。
「"ROOM"・"シャンブルズ"!!」
ピュンッ、と一閃が空に向かって伸びた。
その先にあった大木が、爆発を起こし燃え盛る。
「テメェ!!何しやがる!!」
「何って、助けてあげたのにその言い草!?危なかったわよ、あなた!」
「頼んでねェ!!つーかどういう事だ!?今のはトラファルガーの技だろ」
いつの間にか、エマの隣にはくまの元にいたはずのキッドの姿があった。
咄嗟にローに触れたエマが、オペオペの能力で攻撃から避難させたのだ。
「エマ、なぜユースタス屋を助けた。放っておけそんな奴」
「あァ!?」
その言動が気に入らなかったのか、キッドはローに食って掛かった。
そのまま互いに睨みつけ、言い合いが始まってしまう。
「先にお前から殺ってもいいんだぞ、トラファルガー」
「へェ?やってみろよ、出来るならな」
「テメェ…!!」
「ちょっと!!」
徐々に標的がくまから互いに移りつつあった二人を、エマが強引に引き離した。
まさか目の前の小柄な女に割り込まれるとは思わなかったのか、キッドは目を見開いた。
「い ま は!言い争ってる場合じゃないでしょう!?相手が強いんだから男のプライドは捨てて協力して!この間に"大将"が来たらどうするの!」
「こんな所で死ぬのは嫌よ!」とエマは続けた。
「キッド!あなただって、こんな所でくたばるつもりはないんでしょう!?」
エマの言い分は最もである。
キッドとしても、大将の相手をするなど御免被りたいところだった。
「チィ……足引っ張るんじゃねェぞ、トラファルガー」
「そりゃこっちの台詞だ。不本意だが、仕方がねェ」
「耐久勝負なら、私だって負けないわよ…!」
「行くぞァ!!」
「おれに命令するな、ユースタス屋…!!」
「言い争いしないで!!」
この状況を打破するべく、二つの海賊団は共闘する事を決めた。
・
・
・
「ハァ、ハァ……もう、動かない、わよね…?」
地面に座り込み、エマは煙を上げる機体に目をやった。
「多分な」
「なんだよ、やっぱりこの程度だったんじゃねェか」
鼻を鳴らしてキッドは首をコキッ、と鳴らした。
バーソロミュー・くまとの闘いは、エマ達が制した。
七武海の一角を崩した事に気分を良くしたのか、キッドは口角を上げながらその男を見下している。
「……自分の力を過信し過ぎだ、ユースタス屋」
「なんだと…?」
それに水を差したのはローだった。
「そいつが、本当に七武海だと思うか?」
「それ、どういう事?まさか偽物だなんて言わないわよね…?」
ローの問いに、エマが首を傾げた。
「十中八九、偽物だろうな」
「こいつが偽物だと?じゃあ本物はどこにいるってんだ」
「知らねェよ。だが、気づかなかった訳じゃねェろうが」
たしかに、相手は強かった。
さすがの七武海だと言わざるを得ない程に。
しかし、戦いの最中、違和感がなかったと言えば嘘になる。
思い当たる節があったのか、エマもキッドもそれ以上は何も言わなかった。
「本物か偽物か、今はどうでもいい。次の客が来る前に、さっさと逃げるぞ」
「そうね。むしろ偽物でラッキーだったかも……怪我は?」
「大した事ねェ」
「そう、よかった」
エマは服についた汚れを簡単に払い落とすと、先ほどまでボロボロだったはずが何事もなかったようにスクッ、と立ち上がった。
ダメージが残っているのは身に纏っている服だけである。
初めてそれを見たキッド達はギョッとした顔をしていたが、すぐに興味を示した。
「なるほどなァ、それが"不死"と言われる由縁か」
「じろじろ見ないで」
キッドの視線から逃れるべく、エマはサッとローの後ろに隠れた。
「面白れェ……女、やっぱりおれと一緒に来い」
「それ、はっきり断ったわよね?」
「おいユースタス屋。いい度胸だな、おれの目の前で引き抜きか?」
「なんだ、別に珍しいモンでもないだろうが」
「それ以上口を開いてみろ、殺すぞ」
「コイツはおれのだ」とローの低い声が上から降ってくる。
つい笑みが零れて、その背中に頭をぐりぐりと押し付けた。
そしてひょっこりと顔を出し「死んでも嫌」と舌を出した。
「まァいい…お前等、行くぞ。さっきも言ったが、トラファルガー」
「なんだ」
「次は、新世界で会おうぜ」
キッドの言葉にローは返事こそ返さなかったが、その口元は弧を描いていた。
「新たなライバル、手強そうね」
「新世界で会った時には、ボロクソにしてやるよ」
「あら、頼もしい」
エマはそう言いながら、少し傾いていたローの帽子に手を伸ばした。
「ん、いいわ」
「あァ、悪いな」
「どういたしまして。あっちもそろそろ終わりそうね」
目線をやれば、海軍を相手にしていたベポ達の方も片が付きそうだ。
ベポが最後の一人を倒し、決めポーズを取った後、すぐに駆け寄ってきた。
「キャプテーン!こっちも終わったよ!」
「増援が途絶えました、今のうちに船に戻りましょう!」
「あァ、急げ」
「「「アイアイ!!」」」
「あ、アイアイ……」
「ジャンバール、別にマネしなくたっていいのよ?」
そんなやり取りをしていると、もう一度ローから「急げ」と声がかかり、一同はポーラータング号へと向かった。
「キャプテン!よかった、無事だったんですね!!」
「お前等もな」
「騒ぎが起きてすぐに潜水してました。キャプテン達なら、自力でなんとかするだろうと思ってたので」
「あァ、それでいい」
船に戻ると、誰一人欠けることなくエマ達を迎え入れてくれた。
その事に安堵しながら、イッカクと軽く抱擁を交わす。
「無事でよかった。戦ったの?つなぎがボロボロだよ」
「少しね。でも大丈夫」
「ね、新聞見た?さっき号外で配ってたんだけど」
「新聞?」
イッカクがウニの名前を呼べば、ウニはくしゃくしゃになった新聞を持ってきた。
ローがそれを受け取り、ピシッと皺を伸ばして目を向けた。
その目が、みるみるうちに見開いていく。
「やけに海兵が手薄だったのはこのためか、納得だな」
「なんて書かれてるんです?」
「あっ…ねぇ船長、それってもしかして……」
「お前がおれに伝えたかったのはこの事か?世界政府が、白ひげ海賊団二番隊隊長…"ポートガス・D・エース"の公開処刑を発表した」
「え…えぇ!?公開処刑!!?」
「やっぱり…本当だったのね」
「そんな事したら白ひげが動くだろ!!政府は戦争を起こすつもりか!?」
「どうなるのかしら、この海は……」
クルーの顔には不安の色が浮かぶ。
白ひげと言えば、ロジャー亡き今、世界最強の海賊と言われている。
そんな男が率いる白ひげ海賊団との戦争ともなれば、海軍も全勢力をぶつける事になるだろう。
海軍本部がすぐ傍にあるこの諸島に、海兵の数が少なかった理由にも合点がいった。
「どちらが勝つにせよ、時代は大きく変わるだろう」
「キャプテン、おれ、なんだか怖くなってきたよ」
ベポがしゅん、と頭を垂れローに寄り添った。
「船長、これからどうするの…?」
エマの問いに、ローは少し間を置いてから、口を開いた。
***
「寝れないのか」
「あなたこそ」
すっかり夜が更け、辺りは静寂が包んでいた。
戦争への準備は淡々と進んでいるという事だろう。
昼間あれだけ諸島を徘徊していた海兵も、今はまったく見かけなくなっていた。
「自分が戦争に参加する訳でもないのに、おかしいわよね」
「いや、おれも同じだ」
なんとなく落ち着かない、そう言ってローは甲板の手すりに寄り掛かった。
「白ひげは、来るかしら」
「来る。奴は絶対に仲間は見捨てねェ、だから生ける伝説なんだ」
「どっちが勝つと思う?」
「そればっかりは、誰にも分からねェさ」
「七武海も、召集されるそうよ」
「あァ、知ってる」
「ねぇ、ロー……あなた、」
言葉の続きは、突然降ってきたキスによって飲み込まれてしまった。
触れるだけの軽いものを一つ。
唇が離れた時に見えた彼の瞳は、少しだけ細められていた。
「……いきなり何…?」
「別に、したくなったからしただけだ」
「そう……」
「戦争は、電伝虫を使って世界中に配信される…この諸島でもな。それまでは、ここに滞在する。さっき言った事は変えねェ」
「ええ、分かってる」
「今日はもう休め。おれももう戻る」
「っ、待って…!」
船内に戻ろうとしたところを引き留める。
ローは足を止め、ゆっくりと降り返った。
「なんだ」
「あなた…まさか戦場に乗り込もうとしてる訳じゃないわよね…?」
エマの言葉で、ローの眉間には皺が寄る。
七武海が召集されるという事は、もちろん"あの男"も戦争に参加するという事になる。
ここシャボンディ諸島と、海軍本部は目と鼻の先だ。
エマの言わんとした事を即座に理解したローは、ため息をつきながらエマに歩み寄る。
「おれが、そんなに無謀な事をすると思うか?」
「……いいえ、でも、あなたたまにすごく無鉄砲な時があるじゃない」
「時間をかけて、確実に仕留めると言っただろう」
「そうね……ごめんなさい、変な事言ったわ」
片手で顔を覆い、大きくため息をつく。
「ダメね、本当に……私、どんどん臆病になっていってる」
「緊張感のない無鉄砲バカよりマシだろう」
「……根に持ってる?」
「どうかな」
くつくつと喉を鳴らしてローは笑う。
その態度に、心なしか昼間からずっと続いていた不安が和らいだように感じた。
トン、とローの胸板に頭を預け、その両手を取る。
「あなたやみんなを失うのが怖い」
「……あァ、」
「火拳のエースが処刑されるって聞いて、もし自分の仲間がって想像したら怖くなったの。だから……今は何処にも行かないで」
懇願するようにその手をぎゅっと握りしめた。
本当におかしな話だ、ローの事で、自分は強くも弱くもなる。
「それを思ってるのが、自分だけだと思うなよ」
「え……」
「おれも同じだと言っただろうが」
握っていた手は振り払われ、気が付けば逞しい腕の中にいた。
「おれより、お前の方が心配だ。戦争を利用して、どさくさに紛れてドフラミンゴを始末しようとするんじゃねェかってな」
「……そんなバカな事しないわよ」
「なら、おれもする訳ねェだろ」
「ふふ、本当ね」
くすくすと腕の中で笑うエマの背中を、優しく手の平が上下を行き来する。
「ロー」
「なんだ」
「今夜は、一緒に寝てもいい…?」
それに対するローの返答はなかった。
しかしその代わりに、エマの手を取って船内へと戻っていた。
誰もいなくなった甲板では、波の音だけが聞こえていた。