三人の船長



開いた口が塞がらないとはこの事か。

パキ、ポキ。ガラガラ。
彼が指の関節を鳴らす音と、ガレキの崩れる音だけが響く。


「悪ィお前ら。こいつ殴ったら、海軍の大将が軍艦引っ張ってくんだって……」


その沈黙を破ったのは、この空間を作り出した張本人、麦わらのルフィだった。

そしてそのクルー達はその言葉にまったく動じない。
しまいには「ルフィだから仕方ない」と言って納得してしまうのだ。

まだ呆然としているエマに対して、ローは口角を上げてその瞳に麦わらのルフィを映している。
笑い事ではない、と横に座っている自身の船長にほとほと呆れた。
しかし、胸がすっとしたのも、また事実だった。


「麦わらのルフィとその一味を捕らえろ!!」

「絶対に逃がすな!!」


「ケイミーについた爆弾外したらすぐに逃げるぞ!軍艦と大将が来るんだ!!」


一気に会場内が慌ただしくなる。
客は早々と外に逃げ出し、一方で麦わらの一味と兵との闘いが始まった。

"海軍大将"がやって来るのも、時間の問題だった。


「それならもう来てるぞ、麦わら屋」


そんな言葉を、ローが突然ルフィに投げかけた。


「なんだお前…なんだそのクマ……」

「海軍なら、オークションが始まる前から、ずっとこの会場を取り囲んでいる」

「えェ!?本当か!?」

「誰を捕まえたかったのかは知らねェが…まさか、天竜人がぶっ飛ばされる事態になるとは思ってもみなかっただろうな」

「トラファルガー・ローね、あなた。ルフィ、彼も海賊よ」


ルフィはローの事をまるで知らなかったらしく、変わりに彼のクルーであるロビンが知っているようだった。

どうやらベポの事が気になるらしく、クマも海賊なのかとローに問いかけていた。


「面白れェもん見せてもらったよ」


ローは依然、くつろぐ様に席に座ったままだ。
ここに長居する理由はない、それどころか、早く逃げるに越したことはないはずなのに。


「あっ……」


しかし、そこでエマは先ほど失敗に終わった潜入の事を思い出す。
いつの間にか、司会の男の姿も消えていた。
今この騒ぎの中に上手く紛れる事が出来れば、裏へ潜入するのはそう難しくないだろう。

思い立ったら即行動、エマはロー達の目を盗み、こっそりとその場を離れた。
思った通り、ステージの裏へはなんなく潜入する事が出来た。

すると怒鳴るような話し声が聞こえ、エマは咄嗟にカーテンの陰に隠れてその様子を伺った。


「ハァッ、ハァッ…っ、あんたの店じゃねェかよ!!」


それは誰かと通話をする、司会者ディスコの声だった。


「Mr.ドフラミンゴ…!今どこにいるんだよォ!!」

「……ッ!」


その名を耳にし、息を呑んだ。


『フッフッフ…お前なァ、人身売買なんて古いんだよバーカ。時代は"スマイル"さ。もうおれのとこにかけてくんじゃねェよ……ディスコ、お前にやるよその店は』

「なんだと!?この過去最悪の危機に…おれ達を見捨てるのか!?」

『黙れ、面倒くせェ野郎だ……』

「ドフラミンゴ!!」


いくら縋ろうと、ドフラミンゴの態度は変わらない。
有益な情報はあまり得られそうになく、"スマイル"というワードを再び確認する事が出来た事くらいだろうか。

これ以上詮索する意味はなさそうだ、とエマはその場から離れようとした。


『おれは今……いや、"おれ達"は、海軍本部から強制召集をかけられている。そんなもんに構ってる暇ねェんだよ』


(強制召集…?)


立ち去ろうとした際に聞こえた単語に、立ち止まる。

耳を傾けると、ドフラミンゴの口からは信じられない内容が発せられた。


「……まさか…………」


思わず壁に身体を預けてしまう程の衝撃を受けた。

大変な、大変な事がこれから起きてしまう。
きっと歴史に残るであろう、そんな出来事が。


「急いで知らせないと…!」


通話が一方的に切られたのを確認すると、すぐに踵を返した。

しかし、そこで異変に気が付いた。
先ほどまであれだけ騒がしかった会場が、一変して静かになっているではないか。

何かあったのかと、こっそりとステージの陰から覗き込んだ。


「え…!?」


その瞬間、次々と倒れていく、人、人、人。
その中には、あの天竜人の姿も確認できた。


「なに、何があったの…?」


混乱するエマの目に、一人の男の姿が映る。
その白髪の人物から放たれる威圧感が、ビリビリと身体に伝わってきて身が竦んだ。
ブワッ、と滝のように汗が流れ出したのは、まったく大袈裟な表現ではない。


「ああ、悪かったなキミら……見物の海賊だったか。だが、今のを難なく持ちこたえるとは、半端者ではなさそうだな」


その男はそう口にして、そしてくるりとエマの方へ振り向いた。


「キミも、悪かったな」


一瞬、自分に言われているのだと気が付けず、間をおいてからなんとか頷く事ができた。
そして驚愕する。


「め、冥王…シルバーズ・レイリー……」

「下手にその名を呼んでくれるな。ここでは、コーティング屋のレイさんで通っている。もはや老兵、平穏に暮らしたいのだよ」


突然目の前に現れた伝説の海賊に、思わず一歩後退る。

冥王、シルバーズ・レイリー。
かつて海賊王の右腕と呼ばれた海賊だった。


「あ……」


そんな伝説の海賊を見ていた視線の先で、ローの視線とぶつかった。
口にされなくても分かる、あれは「お前はそこで何をやっている」という顔だ。


「うう……」


騒ぎに紛れてすぐに戻るつもりだったのに、予定が狂ってしまった。
だが、あの"冥王"がオークション会場に現れるなど、誰が想像出来ただろうか。

エマはその老兵を横目に、ステージの脇を通ってそそくさと仲間の元へ戻った。


「お前は、また勝手に…!」

「ご、ごめん…でも船長、大変なのよ…!」

「何をしてたのか大体予想はつくが、話は後だ。ここを出るぞ、海軍大将なんざと戦り合うつもりはねェからな」


そう言ってローが立ち上げる。
すると、麦わらの一味に向けられていたはずの兵の視線が、こちらにも向いた。


「ねぇ私達、巻き込まれただけよね…?」

「海軍にそんな理屈通る訳ねェだろ。完全に共犯者扱いだ」


海賊達が武器を手に取り、出口を目指す。

その先陣を切ったのは、ユースタス・"キャプテン"キッドだった。


「長引くだけ兵の数は増える、先に行かせてもらうぞ……あァ、もののついでだお前等、助けてやるよ。表の掃除はしておいてやるから安心しな」


そう言い放って、会場を出て行く。

カチン、と聴こえるはずのない音が隣から聴こえた気がした。


「…………ベポ、」

「アイアイ!」


低い声で名前を呼び、ローはベポに預けていた鬼哭を手にすると、エマ達を置いて一足先に会場を出て行ってしまった。
それに続いて「コンニャロー!」とこの事態の元凶もその後を追った。


「男って、本当に単純……」

「まァ、そう言うなって」

「ホラホラ、おれ達も行こうぜ」


ポン、とシャチに肩を叩かれ、ため息一つの後、頷いた。

すると、程なくして爆発音と悲鳴が聞こえてきた。
腕が、足が、頭が、と困惑した声が聞こえてくる辺り、ローもすでに戦いに参戦しているようだ。


「あーあー、暴れちゃってキャプテン」


外に出ると、もくもくと上がった砂埃に迎えられる。
それが段々と晴れてくると、そこには気絶して地面に突っ伏す海兵達と、無傷な三人の船長の姿があった。

海軍側から見れば、まさに地獄絵図のような光景だった。


「なんだそりゃあ。締まらねェなァ、麦わら屋」

「そうか?」

「これで一先ず陣形もクソもねェだろう」


さすが、としか言いようがない。
そこら辺の海兵レベルでは、相手になる訳がなかった。


「なんで一人だけ縮んでるのかしら……」

「さァな。ほらエマ、ボーっとするな!来るぞ!」

「ええ…!」


されど、海兵は次々と湧いて出る。

敵を倒していく最中、ローを含めた船長達は何か会話をした後、各々違う方向へと歩を進めた。


「行くぞ!キャプテンを援護しろ!」

「おう!」

「っ!ちょっと待って!」

「あァ!?」

「エマ!?どこ行くんだ!?」

「先行ってて!」


忘れ物をした、とエマは別の方向へと向いた。

"それ"を目にした瞬間、行かなくてはならないという使命感に支配された。


「トニートニー・チョッパー…!」


その名を呼べば、驚いたまん丸の瞳と目があった。


「え!?」

「なに!?」

「び、美女が…!美女がこっちに走ってくるううう!!」

「アレ、あいつさっきクマの奴と一緒にいた奴じゃねェか」


周りの声など気にならない。
手配書を始めて見た時から、この一味に会ってみたいと思った理由の一つ。


「会いたかった…!」


その小さな身体を持ち上げると、ぎゅっとその胸に閉じ込めた。


「ウオオオオオ!!?!?」

「「「何やってんだエマ〜〜〜!!!」」」

「「「何やってんだお前エエエエ!!!」」」


「フカフカだわ」


「「「話を聞けェ!!!」」」


周りの騒音はすべて無視。
頬の辺りを手の甲ですりすりと撫でれば、自然と口角が上がってしまった。

一方、対象であるチョッパーは驚きのあまりにただただ口をぽかんと開け、硬直していた。


「かわいい」

「……かっ!可愛いなんて、いいい言われたって!嬉しくねェよ!!」


その言葉は地雷だったらしい、急に我に返ってじたばたと手足を動かした。

まだ名残惜しかったが、嫌がる様な事をしたい訳ではない。
エマは最後にその毛並みを堪能すると、そっとその身体を手放した。


「いきなりごめんなさい。可愛かったからつい……ありがとう、じゃ」

「じゃ!じゃねェよ!!」

「そうよ、うちのマスコットを好き勝手モフモフしておいて!!有料に決まってんでしょ!!」

「いやそこかよ!!」

「え、と…おいくら…?」

「いや真面目か!!」

「財布を出すなエマ!!」


麦わらの一味と遠くから声を上げる身内に総ツッコミを食らい、エマは鬱陶しそうに眉を寄せた。


「麦わらの一味!そしてハートの海賊団、バーキンズ・エマ!観念しろ!!」


「ホォーラ!バカな事してっから囲まれてんじゃねェか!!」

「バカな事じゃないわ!」

「口答えはいいから!!」

「エマ、急いでェ!!」


「撃てェッッ!!」


バンバンバン!と銃弾が放たれた。
短刀を使ってそれを避けるエマに対し、あろうことか、偶々横にいたルフィは仁王立ちでそれを受け止めていた。


「え!?」

「きかーーーーん!!」

「ええ!?」


もろに喰らったかと思えば、貫通せずにびょん、と後方に腹が伸びていった。
そしてさらに、その銃弾を海兵の元へ弾き返した。そう、ゴムのように。

エマは驚きながら、ゆっくりと声を発して問いかけた。


「……なんの、能力…?身体が伸びた……」

「ん?あァ!ゴムゴムの実を食った!ゴム人間だ!」

「あ、なるほど、ゴム…そう、便利ね……」

「そーだろ!」


ニッ、と少年が笑った。
手配書の通りの眩しい笑顔を向けられ、虚を突かれたが、すぐにふと口元を緩めた。


「少し、借りるわね」

「え?」


その瞬間、ドンドンドン!と音がして、身体に銃弾が埋まっていく感触があった。
目の前の笑顔は瞬く間に崩れ、エマを見ていた。

撃たれた。
そのはずだが、いつものような痛みはない。

変わりに感じたのは、身体のあちこちの皮膚が引っ張られている様な感覚だった。


「わぁ、」

「エエエエエ!!?」


変形している自分の身体に驚いていると、ルフィもまた、目玉が飛び出そうなほどに驚いていた。

ルフィ同様銃弾を弾き返し、エマは身体の無傷を確認すると、素直に称賛した。


「……いい能力だわ」

「お、おま…ッ!なんでだァ!?」

「私も能力者なの」


そんな会話をしているうちに、周りにいた残りの兵はあっという間に彼の仲間が倒してくれたようだった。

そろそろ先を行く仲間に追いつかなくては。
エマはにっこりと笑み浮かべ、ルフィに向けた。


「またどこかで、麦わらのルフィ」


彼の肩をポン、と叩いて短い挨拶を交わす。

後ろから「またなー!」と叫ぶ声が聞こえて、再び笑みが零れた。





「お前は!!まったく!!もう!!」


その後、遅れて仲間達の元に戻ると、久しぶりにペンギンに説教をされる事となった。


「ごめんなさいお母さん」

「誰がお母さんだ!!!しゅんとするフリをするんじゃない!!反省してないだろ!!」

「仕方ないじゃない、むぎゅってしたくなっちゃったのよ」

「今じゃなくていいだろ!?」

「今じゃなきゃ、次いつ会えるかなんて分からないじゃない」


「この海は広いのよ」と尤もらしい理由をつけた。

ペンギンはわなわなと震えた後、大きなため息をついて肩を落とした。
諦めてくれたようで何より、とエマは笑い、更に先を行くローの元へ急いだ。


「―――お前等遅いぞ」

「だぁってキャプテン、エマが!!」

「キャプテン!エマから目ェ離さないで下さいよォ!恋人でしょ!?」

「…………」

「はい無視!!」

「もぉ〜〜〜!!」

「それより船長、そっちの人は…?」


走った先で待っていたローだったが、その横には見慣れない大男がいた。


「ジャンバールだ。奴隷にされていた所をこの男に救ってもらった、これから世話になる」

「そういう事だ」

「へェ、よろしく」

「お前、新入りだからおれの下な」

「こらベポ」

「奴隷じゃなければなんでもいい」

「いいのか」

「いいのね」

「じゃあおれの下でもあるって事だな!」


ベポに続いて、シャチもちゃっかり便乗していた。

そんなのんびりした空気も一瞬で、すぐに後方が騒がしくなる。


「追って来てますね」

「相手にするだけ無駄だ、進むぞ」

「「「アイアイ!!」」」

「って、あーー!橋がない!落とされてる!」

「ユースタス屋の野郎…手間がかかるだろうが…!」


"ROOM"ルーム、とローは能力を発動し、橋の向こう側へと一気に全員を移動させた。

しかし、そこにも海兵達が待ち伏せる。


「ベポ!」

「アイ!アイヤ〜〜!!」

「ぐほァッ!!なんだ!?クソッ!」

「つ、強ェ……ッ、クマ!!?」

「なんでクマが喋って戦ってんだよ…!」

「スイマセン……」

「「「打たれ弱ッッ!!!」」」

「ベポ、こっち!急いで!!」

「――キャプテン!アレ!!」


敵を蹴散らしたのも束の間、先を走っていたシャチとペンギンが指をさす。
その先には、先ほど別れたはずの赤い髪の姿があった。


「ユースタス屋?それに、あれは……」

「"七武海"…!?なんでこんな所に…!」


7mはあろうかと思う巨体が、キッド達の前に立ち塞がっていた。
その大男はローを見据えると、その名を呼んだ。


「おれを知ってんのか……、ッ!?」


突然カパッと口を大きく開け、そこで何かが光ったかと思った瞬間には、大爆発が起きていた。
狙われたのは、ローだった。


「ロー!!」

「無事だ!」


エマが名前を叫べば、すぐに横で返事があった。
能力で交わしたのであろう、怪我がなかった事に安堵する。


「手当たり次第かコイツ…!おいトラファルガー、てめェ邪魔すんじゃねェぞ!!」

「消されたいのかユースタス屋。おれに命令するな」

「今日は、思わぬ大物に出くわすわね…嫌になるわ……」

「あァ、さらに"大将"なんかに遭いたくねェんで……そこ通して貰うぞ、バーソロミュー・くま…!!」


前には七武海の男が、後ろからは海軍が迫っている。

それぞれが武器を取り、今、戦いの火蓋が切られた。