人間オークション



「億越えのルーキー達が、今ここに…?」


エマの頭の中に、先刻見た新聞記事の内容がよぎる。
次に思い浮かべたのは、麦わら帽子を被ったあの海賊の顔だった。


「どんな偶然だ、そりゃ」


ローはそう言いながら、ニヤリと笑う。


「でも、その割には海兵は見かけなかったわね…そんな情報、海軍が知らない訳がないのに」

「そういやそうだな」

「おれ達も見かけてない」

「どうします、キャプテン」

「一度船に戻るか。コーティング屋も探さないといけねェしな」


ローの提案に、誰も反論はない。

船に戻る道中、喉が渇いたと言ったベポにローが残ったコーヒーを差し出し、それを飲んだベポが苦いと言いながら黒い噴水を吐き出した。










「それで、これからどうするの?」

「さっき言った通り、船のコーティング屋を探さなきゃならねェ。情報を集める必要があるな」

「そのコーティング屋ってのは、人数は結構いるもんなのか?」

「さぁ…でもそれが大半の航海者がここに来る理由でしょう?少なくはないと思うけど」

「それもそうか」

「ここからは少数で行動する、おれとお前等四人だ。他のクルーには悪いが、船に戻って待機だと伝えろ」

「アイアイ!」

「情報を集めるなら、バーとかならすぐ見つかるかしら」


そう言ったエマの予想は的中し、そこら辺の店に入れば情報どころかにコーティング屋本人を見つけた。
依頼をすれば快く承諾してくれたので、これでコーティングの件は心配はいらない。


「すぐ見つかって良かったね、キャプテン!」

「あァ」

「でも、コーティングの作業って結構時間がかかるのね」

「最短で三日だろ?」

「命を預かる仕事だ。仕事が早くても、肝心のコーティングの仕上がりが甘かったら話にならねェだろ」

「たしかに」

「頑丈に仕上げて欲しい」

「おれもそう思ったよ」

「ふふ、楽しみね」


呑気だなエマ、とシャチにげんなりとした表情を向けられる。

会話をしながら歩を進めて行くと、先頭を歩いていたローの足が止まった。


「どうしたんスかキャプ……テーンッッ!?」

「うおァッ!?なんだァ!!」


ドゴォン!!と大気までも震わせる爆音が鼓膜を揺らした。
その瞬間、ガラガラと音を立てて多くの建物が崩壊していく。


「"怪僧・ウルージ"が暴れてるぞォ!!」

「早く!ここから避難しろ!!」


「エマ、離れよう!」

「ええ…って、船長!」

「心配するな、ただの見物だ」


ベポがエマの手を引く中、ローはそう言って近くにあった木箱に腰かけた。
もう、と愚痴を零しながらも、船長であるローを置いて部下が逃げる訳にもいかず、エマ達はその後ろに並び立った。

しばらくその光景を眺めていると、周りも気にせず暴れ続けるウルージに、突然仮面をつけた男が立ち塞がった。


「"殺戮武人・キラー"だわ」


手配書に見覚えのあった顔に、エマは口を開いた。

二人は睨み合い、互いに隙を見せるのを今か今かと待ち望んでいる様だった。
億越えルーキー同士の戦いが、今まさに始まろうとしていた。

互いに強く地面を蹴り、攻撃を繰り出した、その時だった。


「暴れたきゃあ、"新世界"へ…!!」


何者かが二人の間に飛び込み、双方の攻撃を止めた。

それが"X・ドレーク"だと分かり、一気にルーキー達が姿を現し始めた事に驚きを隠せない。
そんなエマとは裏腹に、目の前に腰かけているローがくつくつと喉を鳴らして笑う。


「今、いいとこだったのに……」


ローはドレークを見据えると、続けてこう問いかけた。


「ドレーク屋、お前……何人殺した…?」

「ちょっと、船長」


人にはトラブルを起こすなと言っておいて、自分も食って掛かっているではないか。
そういった意味合いを込めてローに視線を送ったが、ただ笑みを返されただけだった。

幸い、ドレークは何も答える事はせずにその場を去って行った。


「キャプテンより額が高い奴、おれ初めて見たよ」

「……そうね、」


ベポの言葉に、エマも同意した。


「でも、金額がそのまま実力かって言ったらそうでもねェしなァ」

「そうだぜ!うちのキャプテンが一番強ェに決まってる!」


シャチ達とそんな会話をしていると、座っていたローが立ち上がり歩き出す。


「キャプテン、どこ行くんです?」

「あァ、そろそろだと思ってな」

「なにが?」


人間ヒューマンオークションだ」



***



「オークションだなんて、政府はこれを良しとしているの?」

「完全にグルだろ。いいから行くぞ」


ローは戸惑いもなく会場に足を踏み入れる。
その際に番号のふられたプレートを受け取ったが、すぐに「やる」とペンギンに手渡した。

会場を覗き見たエマは、そのステージの奥に描かれているあるマークに目を奪われた。


「……シャチ、悪いけど先中に入ってて」

「え、お前は?」

「お手洗い。言わせないでよ」


女がそう言えば、男はそれ以上何も言わない。
それは今までの経験上、かなり確率が高いものだとエマは思った。

会場を離れ、遠巻きにその裏口へと回った。
こっそり侵入して、何か情報が無いかを探りたい。

ステージの奥に描かれていたシンボル、あれは間違いなくドフラミンゴのものだった。


「何か探れないかと思ったけど…無理そうね」


裏口には武装をしている見張りが二名。
人通りも少なくないために、大人しく諦める事にした。


「騒ぎを起こしても仕方がないしね……」


ふぅ、と息をついて、踵を返そうとした。
しかしその時、異様な空気がその場を取り囲む。


「ッ!?」


ふと自分に影がかかり、反射的に後ずさり刀に手をかける。
顔を上げれば、そこには燃える様な真っ赤な髪色をした男が立っていた。


「なァにコソコソしてたんだ?」


男は大口を釣り上げてニヤリと笑う。


「……ユースタス、キャプテン、キッド…!」

「おーおー、おれを知ってんのか」

「噂のルーキーだもの、当然でしょ」


よく見れば、先ほどの仮面をつけた男、キラーと他数名の姿もある。
それに気が付くのが遅れてしまう程、目の前の男の威圧感は凄まじかった。


「おれの質問に答えてもらおうか」

「入口を間違えたのよ。私、方向音痴なの」

「ハハッ、この状況で冗談を言う精神があるのか。大した女だな、なァ、キラー」

「……違いない」

「お褒めの言葉ありがとう。で、もう行ってもいい?仲間を待たせてるの」


そう言って顔も合わせずに、何も起きるな、と念じてその横を通り過ぎる。

手を出される様子もなく安堵したのも束の間、腰につけた刀がカタカタと震え出した。


「なっ…!」


そして、刀が独りでに鞘から抜け出そうとした。
咄嗟にそれを両手でなんとか塞いだものの、元凶が止めない限り、刀は今にも飛び出そうとしている。


「な、んなのいきなり…!」

「ホォ、いい反応だ」

「人の刀いきなり盗ろうなんて、酷いじゃない」

「ハッ、別にいらねェよ」

「なんの能力か知らないけど、止めてくれる?」


「いじめはよくないわ」と冗談めかして言えば、キッドは鼻で笑った後、その能力を解いた。


「バーキンズだろ、お前。あの不死身っていう」

「だったら何?今からとっ捕まえてオークションにでも出そうって言うの?」

「そんなつまんねェ事するかよ。金には困ってねェ」


警戒心を強めるエマに、キッドが容赦なく近づいた。


「おれの女になるか?」

「ならない」


即答だった。

その態度にクルーがピクリと反応する中、キッドは怒るでもなくただただ笑っていた。


「気の強ェ女だ」

「用がないなら、仲間の所に戻るわ」


またトラブルを起こしたのかと、呆れられてしまう前に。
それも理由の一つだが、一刻も早くこの男から離れたかった。


「まァ、待てよ」

「っ、」


キッドの手が、エマに向かって伸びてくる。
やるしかないのか、そう思った時だった。


「エマ」


突然の第三者の声に、一同の視線がそちらへ向いた。


「ぺ、ペンギン……」


見知った顔に、ほっと胸を撫でおろす。


「何してるんだ、キャプテンが待ってるぞ」

「……ええ、今行く」


視線はペンギンに向けたまま、歩き出す。
ペンギンが睨みを利かせてくれていたおかげか、キッドはそのまま、何も言ってはこなかった。
やがてその場から遠ざかり、視線を感じなくなった所で、やっと肩の力を抜く事が出来た。


「はぁ、助かった…でも、どうして?」

「キャプテンがまたなんか巻き込まれてるんじゃないか見てこいって。案の定だったな。何やってたんだ、あのキッドと」

「知らないわよ、あっちが勝手に絡んできたの」


私のせいじゃない、とエマは頬を膨らませた。


「なんなんだろうな、お前のその…なんか惹かれるものがあるのかね?」

「ええ、なにそれ」

「キャプテンも落ちたくらいだしな」

「何言ってるの」


ひひひ、とエマを揶揄う様にペンギンが言った。


「ありがとう、来てくれて」

「いいって事よ。無事で良かった」

「さっき、格好良かったわ」

「……勘弁してくれ」


「キャプテンの前では言うなよ」とペンギンが焦ったように言った。

ペンギンの後に続いて会場へと足を踏み入れ仲間の姿を探すと、その中でもひと際目立つベポがいたので、すぐに見つける事が出来た。


「―――で、今度は何してた?」


席に着いて早々、ローに問われる。


「何かした前提で聞かないでくれる…?」

「キッドの野郎に絡まれてました」

「……あァ?」

「ペンギン!シーッ!」


人差し指を口元に当てて訴えるが、ペンギンは明後日の方向を見ている。

恐る恐るローを見れば、その視線は後方へと向いていた。
つられてその方向を向くと、その先にいた男達の姿を見て「げっ」と漏らした。


「あいつ……わっ…!」


思わず立ち上がろうとしたエマの頭を、ローが押さえつける。
そのまま自身の方へと引き寄せると、キッドに向かって挑発的に中指を立てた。


「チューリップみてェな頭だな」

「ふっ、」


エマの肩が小刻みに震える。
どうやらローの言った"チューリップみたいな頭"がツボに入ったらしい。


「ふ、ふふ…っ、チューリップって…駄目だもうそれにしか見えなくなってきた」

「思った事を言ったまでだ」

「やめてよ、お腹痛い」


はーっ、と息を吐き、前を向いて座り直す。

するとちょうど、ステージに支配人らしき男が上がり、このオークションの説明を始めていた。
男の声は耳に入るものの、あまり興味のないエマにはその説明がただただ耳から耳を通り過ぎるだけだった。

他にする事もなく、なんとなく周りを見渡していた。
客の多くは身なりが整っていて、そこそこの貴族か富豪なのだろうと思う。

そしてその中に、この諸島に来て最もエマを不愉快にさせた姿を発見する。


「……船長、」

「なんだ」

「あれ、見て」

「……あァ、」

「また来たわ、あいつ等」

「変わりの奴でも探しに来たんだろう。さっきの男は、もう限界だったようだな」


世界貴族、天竜人の姿を見て苦虫を噛み潰したような顔をした。

そして、そんなエマの意識を逸らすかのように、いよいよオークションが始まろうとしていた。
支配人の男の反吐が出そうな紹介文と共に、恐怖や絶望の色に顔を染めた人間達が壇上へと上がっていく。

奴隷などになりたくない。
そんな意思などまったく関係無しに、札は次々と上がり、入札の声が飛び交う。

ステージ上に上がった途端、舌を噛み切って絶命した男を見た時は、目も当てられなかった。


「さァ、お待ちかね!今日のラストを飾るのはこちら!!」


いつの間にか最後の競りとなっていたらしい。
周りがざわざわと騒がしくなり、そのうち大きな歓声が上がった。

何事かと、エマは伏せていた顔を上げた。


「魚人島からやってきたァ、"人魚"のケイミー〜〜〜!!」

「……人魚、」


実在すると話に聞いていたとは言え、半信半疑だった。
まさか魚人島に行く前に、この目でその存在と確かめる事になるとは。


「スゲェ!本物だ!!」

「本物の若い人魚だ!!」


会場の盛り上がりが最高潮に達した。
支配人が最初の金額を指定し、さぁスタート、とという所で、被せる様に一人の男の声が響き渡る。


「五億で買うえ〜〜〜〜!!五億ベリィー〜〜〜〜!!!」


それまでの盛り上がりが嘘に様に、しん、と静まり返った。
誰かの「相手が悪い」と落ち込んだ声が、やけに大きく聞こえた。


「茶番だな」


そんな声も、何処からか聞こえた気がした。

動揺の声が会場内で溢れる中、支配人がそれ以上の金額を提示する者はいないかと確認しているが、そんな者は現れない。


「で、では…人魚のケイミー、五億で―――」

「うわあああああ!!!!」


オークション終了の合図がされようとした瞬間、入口の方から叫び声とドォン!!という落下音が聞こえてきた。
当然、会場内の視線はその一箇所に集まる。

砂煙の中から現れたのは、なんと、あの麦わら帽子を被った男だった。


「なんだよ!ちゃんと着地しろよ!!」

「アホかァ!!トビウオだぞ!?出来る訳ねェだろ!!」


何やら言い合いを始めたその隣で、今度は別の人影がゆらりと立ち上がる。


「んァ!?なんだ、いきなりトビウオに乗れと言われて来てみりゃ……お?何やってんだお前等こんな所で」


緑色の髪色をした、腰に刀を三本差している剣士。
どちらも見覚えのある顔に、エマは驚いて口をぽかんと開けてしまう。


「麦わらのルフィ、それに、海賊狩りのゾロ……」


その他にも、よくよく見れば新聞で世間を騒がせたばかりの面々が揃っているではないか。
"麦わらの一味"、まさか本当にお目にかかれるとは。
エマは人魚を始めてこの目で見た事よりも、そっちの方が気になって仕方がなかった。

どうやら、あの人魚は麦わらのルフィの知り合いなのだと彼等の会話から悟る。
人魚をなんの迷いも無しに助けようとしたルフィを、ある一人の魚人が阻止した。

その瞬間、耳障りな女の甲高い悲鳴が響いた。


「魚人よ、気持ち悪い!!」

「なんでこんな所にいるんだ!!」


その魚人に向かって、次々と酷い罵声が飛び交う。
そこで、この島では魚人達は虐げられているのだという事を、諸島の人々の会話から察したのを思い出す。

収拾がつかなくなってしまった会場を、収めたのは二発の銃声だった。


「ハチ…!!!」


悲痛な叫び声に視線を向けると、魚人が血を流して倒れている。
魚人を撃ったのは、あの天竜人だった。

煙を上げる銃を手に、天竜人は魚人を仕留めた事が余程嬉しかったのか、小躍りをして喜んでいる。
そんな様子を見て、エマはわなわなと身を震わせた。


「エマ」


エマの様子にいち早く気が付いたローが、肩に手を置いて制した。
そうしなければ、今にも天竜人に飛び掛かってしまいそうだったからだ。

しかし、そんなエマ以上の怒りを抱いていたのは"彼"であり、その瞳に天竜人を見据えると臆することなく近づいて行く。


「まさか、やる気か…!?」


彼は、拳を固く握り締めると、躊躇なく、天竜人を殴り飛ばした。