居場所



「なるほど、こりゃ見つけるのに苦労しそうだ」

「でしょ?」


腹ごしらえを済んだ二人はその後、エマが見つけた地下倉庫へと向かった。
その辺りに敵はおらず、すぐさまスイッチを押して扉を開いた。


「明かりがついたままって事は、このまま進めば鉢合わせるな」

「じゃあ止める?」

「まさか、行くぞ」


そうしてサボが先に階段を下り、エマがその後を追った。

螺旋階段を降りて行くと、やがて下から声が聴こえてくる。
ここは慎重に進まなければとエマが思った途端、目の前を歩いていたサボの姿が消えた。


「ん!?」


そしてすぐに悲鳴が聞こえてきた。
地下の空間では音が良く反響して、耳を塞ぎたくなるほどうるさかった。

眉を寄せながら一気に階段を駆け下りると、開けた空間に出た。
そこに立っていたのはサボ一人のみで、敵と思われる男達は全員地面に転がっていた。

唖然とその場で立ち尽くしていれば、サボが振り返り「終わったぞ」と笑う。


「……うん、もう何も言わないわ」

「ん?」

「なんでもない。それより、情報を聞き出さないと」

「リストなら見つけたぞ」


ほら、と差し出されたのはお世辞にも奇麗とは言えない紐で纏められた紙の束。
ペラペラと流し見をすれば、聞き覚えのある国の名前が多数あった。


「なるほど、これが搬入先ね」

「これがあれば、いくつかの無駄な戦争は止められる」


サボは懐から取り出した子電伝虫で、パシャパシャと写真を撮っていく。
それを止めさせようと一人の男が立ち上がったので、エマは素早く足を払ってもう一度地べたに這いつくばらせておいた。


「こ、このアマ…!!」

「鈍臭いあなたが悪いでしょ。それはそうと、私も聞きたい事があるんだけど」

「バカか!喋るワケねェだろ!!」

「じゃあ喋らなくて結構、勝手に覗くから。……"ジョーカー"の事、何か知ってる?」

「な、なんだ、お前の目…あか……、」

"共有"シェア


"ジョーカー"というワードを口にした効果か、エマの頭の中にはいくつもの情報が流れてきた。
男がドフラミンゴを前にして、ペコペコと頭を下げている。
何かヘマをしたのだろうか、その後男は何かによって身体を切りつけられていた。

二度はない、そうドフラミンゴは男に言った。


「へェ、この仕事でヘマをすれば、あなた殺されちゃうのね」

「な、なんでそれを…ッ!?」

「この武器をヘルム王国へ…ふぅん、約束の倍の値で買わせようとしてるのね……ちょっと待って、これ何…?」

「どうしたエマ」


エマの様子が変わった事をサボが察知し、リストを置いて駆け寄ってくる。


「スマイル…?」


その言葉を発した途端、男が今以上に慌てふためいた。


「止めろ女ァ!!これ以上おれの中を覗くんじゃねェ…!!ば、バレたら、ジョーカーに消されちまう…ッ!」

「あっ、こら!」

「離せ!!離せ離せ離せェ!!」

「ッ、もう…!」


暴れ始めた男の頭の中は、最早"ジョーカー"への恐怖によって塗りつぶされている。
これ以上は無理だと判断したエマは、素早く男の後ろを取り、手刀を打つ。
ぷっつりと糸が切れたかのように意識を失った男は、再び地面に転がった。

ピュウ、と口笛が聴こえて、顔を向ければサボが「やるなァ」と手を叩いていた。


「もう少し情報を引き出したかったんだけど……」

「能力者ではあったんだな」

「ええ、そうよ。シェアシェアの実を食べたわ、能力をかけた相手とあらゆる事を共有できる」

「へェ、便利だな」

「戦闘向きではないけどね」

「それで、何が分かったんだ?」

「男の記憶が曖昧で、断片的にしか分からなかったんだけど」


ひとまず、この取引はドフラミンゴと繋がっている事が分かった。
ただしそれを任されているのは、ドフラミンゴはおろかその直属の部下でもない、ただの下っ端の男だった。

そんな男とドフラミンゴが面識があった事は、エマにとっては幸運だった。
ドフラミンゴが手に持っていた、見た目は完全な悪魔の実。
しかしあの男はそれを"スマイル"と呼んだ。

ドフラミンゴと取引しているのは、何も国だけではない。
エマは一つの仮説を立てた。


「考えたくはないけど、おそらく……」

「悪魔の実を人工的に製造しているのかもな」

「……やっぱりそう思う…?」

「あァ、あいつの取引相手には、そういった研究者もいると噂で聞いたことがある」


研究者、その言葉でエマの頭に浮かんだのはマートンである。
マートンはドフラミンゴと手を組み、"不老不死"の方法を探し、研究していた。
そんな事を考える様な奴らなら、悪魔の実を人工的に製造しようと考えるのもなんら不思議ではない。


「なんだか頭が痛くなってきた」

「問題はそれをどこに流しているか、だな」

「それについては、また探っていくしかないわね。誰かさんが全員伸しちゃったから」

「待て、最後のはおれじゃないだろ」

「そうだったかしら?」

「お前なァ……」


すっとぼけるエマに、サボは呆れながらも笑みを浮かべていた。


「まァ、とにかく情報は手に入った。これ以上ここに留まる必要はない、さっさと出よう」

「そうね、そうしましょ」


そうして二人は倒れている男達には目もくれず、階段を上って行く。

地上へ向かっている途中、電伝虫お馴染みのあの着信音が聴こえたのだが、どうやらそれは自分のではなくサボから聴こえているようだった。


「おれだ……あァ、リストは見つけた。……分かってるって、そっちは見つけたのか?なんだ、お前一人でなんとかならない事なんてそうないだろ。これから戻る、じゃあな、切るぞ」


鬼の形相をしていた電伝虫からは相手の怒号が飛んでいたが、用件だけ済ませてサボは通話を切ってしまった。

聴くつもりはなかったが、なにせ聴こえてしまうので内容は筒抜けだった。
話を聞く限りサボの自由人は毎度の事のようで、相手の苦労が窺える。


「あなたの部下?」

「いや部下というよりは同胞だな」

「そう」

「そういやお前の仲間はどうしたんだ、迎えに来てくれるんだろ?」

「ええ、どれくらい時間がかかるか分からないし、海岸に出て待ってるつもり」

「そうか。じゃあおれも一緒に待ってるかな」

「仲間が来るの?」

「おう」


エマがサボの仲間に少し興味を湧かせていると、電伝虫が鳴った。
今度は自分のものだ。

かけてきたのはイッカクで、それらしき島がもう見えているとの事だった。
それならあまり待たなくてもいいと、エマはほっと安堵する。
しかし、その安心感はイッカクのたった一言で消し去られてしまう。


『キャプテン機嫌悪いんだけど、エマ、なんか言った…?』


エマは思わず頭を押さえ「知らない」とだけ答えておいた。


「ははは、機嫌悪ィって?」

「笑い事じゃないわよ…まったく、何をそんなに怒ってるんだか」

「だから、嫉妬だろって」

「どうだか」


そんな話をしていればあっという間に海岸に出ていた。
サボは砂の上に腰を下ろすと、帽子を取って前髪を掻き上げた。


「……その痕、」

「ん、なんだ?」

「ううん、やっぱりいい」

「変な奴だな」


その火傷の痕はどうしたの?とつい口走りそうになった。
興味本位で藪をつつくのは、自分の悪い癖だ。

しかも相手は今日会ったばかりの革命家。
深く知り、ましてや親しくなる必要などまったくない。

彼のフレンドリーさに、いつの間にか自分は心を許してしまっていたようだ。


「天竜人の乗っていた船に砲弾で撃たれたんだ」

「……え?」


突然、サボが口を開いた。


「つっても、おれはその時の記憶はないし、ついでに言えばその前の記憶もない」

「…………」

「死にかけた所を救われた。この痕はその時のモンだ」

「……それ、なんで教えてくれたの」

「ん?エマが知りたそうにしてたから」

「そう、だけど……」

「別に大したことじゃない」


そう言ってサボは仰向けに寝転がり、澄み渡る空を見上げて目を閉じた。


「記憶を取り戻したいとは思わないの?」

「思わねェって言ったら嘘になるが…よくわかんねェな」

「そう」

「あァ」


そこで二人の会話は途切れた。

エマはじっと水平線を眺めた。
我が家である黄色の潜水艦を探すが、まだその姿は見えない。
改めて、自分が相当遠くまで飛ばされてしまった事に、苦笑いしか出なかった。


「早くみんなに会いたい」


ぽつりと呟いた言葉は、突然吹いた強い風によってかき消されてしまった。


「……ん?」


今の強風に乗って飛んできたのか、一匹のカニが目についた。
そのカニはエマとサボの周りをうろちょろと移動した後、サボの投げ出された手の前でピタリと動きを止めた。
そしてその体についた立派なハサミを高々を持ち上げる。

この後に起きる事がなんとなく予想出来て、エマはごくりと息を飲んだ。


「いッッッ、てェ!!」

「ブフッ!」


予想通り、カニはサボの指を器用に挟んだ。
大声を上げて飛び起きたサボを見て、なんともテンプレートな出来事にエマは腹を抱えて笑った。


「ちくしょうエマ、見てねェで止めてくれよ…!」

「だ、だって、本当に挟むなんて、ふっ、あはははは!」

「笑いすぎだぞ」

「あなただってさっき人の事散々笑ってたじゃない!」

「たしかに……あっ、くそ手袋に穴あけやがったな」

「ちょっと、血が出てるじゃない」


手袋を外したサボの指からは、滴るくらいに血が出ていた。


「ごめん、そんなに出るとは思わなかった」

「エマのせいじゃねェよ。カニ一匹に気付かないほど緩んでたおれが悪い」

「絆創膏持ってるから貼ってあげる」

「悪ィな。いつも持ち歩いてんのか?」

「私は必要ないんだけど、クルーがね。よく怪我するから」


はい終わり、とサボの傍を離れようとすると、腕を掴まれ黒い瞳と目が合った。
彼はニッ、と笑って何かを企む様な表情を見せる。

エマは嫌な予感がして、掴まれた腕をブンブンと振るがこれまたびくともしない。


「ちょ、なに、離して」

「いや、ちょっと思いついて」

「何を?絶対禄でもない事考えてるでしょう?少ししか一緒に過ごしてないけど、なんとなく分かるわよ…!」

「その観察眼もさすがだなァ」

「話聞いてる!?」

「エマ、革命軍に来ねェか?」

「なっ…にを……もう、ハァ…………」


抵抗を止め、大きくため息をついてその場に座りなおす。


「でけーため息」

「誰のせいよ、誰の」

「おれだな。でもまァ、どうだ?」

「断るわ」

「はは、だろうな」

「なんなの……」

「いやダメ元で聞いてみようかなって。調査任務には随分慣れてるみたいだったし、その能力は便利だしなァ……あー、残念だ」


まったくそんな事を思ってない風に、にこにこと笑みを浮かべてサボは言う。


「もう一回挟まれればいいのに」

「おいそんな事言うなよ。じゃあ男としては?おれにしとくか?」

「じゃあってなんなのよ。もう、思ってもない事言わないで」

「そんな事言わずに、ちゃんと答えてくれよ」


そう言ってサボは悪戯っぽい笑みを見せるのだ。
これは答えるまで離してくれそうにない、とエマは渋々口を開いた。


「私は――」


瞬きほどの一瞬だった。


「――――……え?」


腕を掴まれていたはずの感触は、もうなかった。
それどころか、景色さえ一瞬で変わってしまった。
混乱するエマの腰を掴み、ぐっと引き寄せた手に視線を向ければ、見慣れたタトゥーが彫られていた。

パッ、と見上げれば、それはそれは大層不機嫌そうな顔をした人物がいた。


「船長…!」


そこで気が付いた、ローの能力で船に戻ってきたのだと。

エマが声を上げ、それに気が付いたクルー達が次々にやってくる。
もみくちゃにされながらも、貰ったハグに一人一人丁寧に答えていった。

無事に船に戻って来れた事に、嬉しさが込み上げた。
思っていたよりも不安に思っていたのだと、今更気が付いた事に自分でも驚いた。
寂しさを紛らわす事ができたのはきっと、彼が一緒にいてくれたからだ。

そこでハッ、と思い出して徐々に小さくなっていく島の海岸に急いで目を向けた。
そこにはすでにサボの姿はなく、数羽のカラスが宙を舞っていた。


「……答えられなかったけど、まぁいっか」


ぼうっと島を見つめていると、ふいに声がかけられる。
振り向けば、ローがこちらを見下ろしていた。


「怪我は」

「それ聞くの、野暮だってば。……ごめんなさい迷惑かけて」

「無事ならいい」

「うん、大丈夫よ、ありがとう。あのね船長、ドフラミンゴの情報、少しだけど手に入ったのよ。あとで……」

「あの男と何してた」

「……うん?」


ドフラミンゴの名前を出せば食いついてくるだろうというエマの目論見は外れ、ローの予想外の反応に戸惑った。

あの男、というのはサボの他に思いつく人物はいない。
何をしていたかと言われても、偶然出会い、肉を食べ、一緒に地下に乗り込んだ事くらいだ。
その事を素直に話せば、ローの求めていた回答とは違っていたのか眉を寄せる。


「な、何…?別にこの一味の情報を言ったりしてないわよ…?」

「違う、そうじゃねェ」

「そうじゃなかったら、何?」


回りくどい問いに、自分は信用されていないのかとエマにも少々苛立ちが見える。


「……海岸で、あの男に何をされてた」

「……へ?」


エマは少し前の記憶を思い出す。
サボがカニに手を挟まれ、それの処置をして、腕を掴まれて。


「ああ、あれ……革命軍に来ないかって、勧誘されただけ。もちろん断ったわよ」


サボはおそらく、本気で言ってわけではない。
本気で言われていたとしても、頷く事はなかったのだが。


「他には。何も言われなかったのか」

「ほか…………あ、」

「なんだ」

「あー、いや、大した事じゃないわ。本当に。からかわれただけ」


なんとなく、エマは言うのを拒んだ。
しかしローの不機嫌そうな表情は「言え」と無言の圧力をかけてくる。

エマはしぶしぶ、それっぽい言葉を言われた事を話した。


「それで、なんて答えた」

「言う前に船に戻ってきたから、答えてない」

「なんて答えるつもりだったんだ」

「ねぇ、なんでそんな事気にするの?」


ふと、ローの顔を見上げた。


『嫉妬したんじゃねェの?』


サボの言葉が脳裏に蘇る。

嘘か本当かは定かではないが、サボがエマに少しでも好意を寄せたのが気に入らない。
ローの表情からはそう読み取れた気がした。
そんな顔をされたら、エマがそう思ってしまうのも仕方がなかった。

エマは口元が緩むのを抑えきれず、慌てて手の平で隠したがローにはバレてしまったようだ。


「何笑ってる」

「ふふ…だって船長、嫉妬してる」

「……あ?」

「サボに嫉妬してるんでしょ。大丈夫よ、私、ちゃんと一途だから」

「おい、勝手に勘違いするな」


「んなもんするか」と思った通りの言葉が出てきて、エマはまた笑みを零す。


「私の居場所はここだから」


エマがそう言えば、ローは不機嫌な表情から驚いた表情を見せ、それから口角を上げた。


「当たり前の事を言うな」

「いたっ」


エマの頭を軽く小突き、ローは踵を返した。


「あ、ちょっと、どこ行くのよ」

「報告があるんだろう、中に入るぞ」

「話の腰を折ったのはそっちよね…?」

「ぐずぐずするな。ドラブル製造機」

「やめてよ!!」


さっさと歩き始めてしまったローを、エマは小走りで追いかける。

エマのローを呼ぶ声が、青空の下で響き渡った。