据え膳
「えーすぅ〜〜〜!」
そいつは、機嫌が良さそうにおいでおいでと手招きをして、おれの名前を呼ぶ。
その顔を見れば、食べ頃の林檎にも負けないほど真っ赤になっていた。
「誰だァ!エマに酒飲ませたの!!」
おれの声にビクッ、と人一倍肩を揺らせた奴を問いただす。
こいつァたしか、この前うちに入ったばかりの新入りだったな。
「お前だな?」
「ヒィィッ!許してください隊長!エマさんが酒弱いなんて知らなくて!!」
両手で頭を抱えてスイマセンと連呼する。
この様子じゃ、下心でどうとかそういう事ではねェようだ。
「おう、気をつけろ」
「は、はい……でもなんで飲ませたらいけねェんです?あんなに可愛く楽しそうにしてるじゃねェですか」
「てめェ、やっぱり下心か!?」
「ひ、ヒィッ!とんでもねェ!!」
可 愛 く だ ァ?
あァ、分かってる、可愛いんだよあいつは。言われなくたって分かってる。
色白の肌にほんのり赤みが増して、元々の人懐っこさがアルコールのせいで倍増だ。
おまけに子猫が泣くような声で呼ぶもんだから破壊力がやばい。
「エース、お呼びだよい」
「ハァ……あいつは、おれの気も知らねェで」
呼んだか?としゃがんで目線を合わせてやれば、エース、と心底嬉しそうに笑って目を細めるもんだから心臓に悪ィ。
こんな顔、誰にも見せてやらねェ、と人払いをする。
その空間におれとエマの二人だけになると、エマは自分の横をポンポンと叩く。
どうやら隣に座れという事らしい。
「酒飲んだんだってなァ」
「うーん、でもちょっとだけだよ。そんなにのんでないもーん」
「そんなに飲んでなくても、お前はそうなっちまうんだろ」
「えへへ、ふわふわしてる」
「ったく」
ほんと、人の気も知らねェで。
わしゃわしゃと頭を撫でてやると、エマはぽかんと口を開けておれを見上げる。
「どうした?」
「いまの、もういっかい」
そう言っておれの手を掴んで自分の頭に乗せた。
はやくはやく、とグリグリと頭を動かす動作が、主人に撫でてと促す猫のようでつい笑っちまう。
「ははは、猫みてェだな」
「………にゃーん。なんて、へへへ」
「は?」
「? どうしたのえーす」
「いや、なんでもねェ……」
あっっっぶねェ、いやまじで危ねェ。
今ここで押し倒しちまいそうになった、まじで危ない。
酒を飲んだエマのタチの悪ィところは、こういうところだ。
普段だったらこんな事死んでもしねェくせに、酒が入ると簡単にやってのけちまう。
前回はサッチがもろに受けちまって、大変な事になってたな……
「うふ、ふふふ」
「……なんだよ、」
「ううん、すきだなーって。えーす、だいすき」
あー、こりゃ我慢の限界だな、うん。
これはおれは悪くねェ、あァ、断じて。
「えーす…?わぁっ、と」
「マルコ!」
エマを抱き上げ、少し遠くにいたマルコに声をかける。
マルコは顔だけ向けて、すべて察してくれたようで手をひらりと振った。
物分かりがよくて助かるぜ。
「どこいくの?」
「部屋に戻る」
「うたげは?おわり?」
「終わりだ終わり」
適当に返事をすれば、エマはそっかぁ、と一言。
こてんと胸元に頭を預けて、おれの襟足をいじっている。
エマはナースと共同部屋だし、おれの部屋しかねェか。
足で小突いてドアを開ければ、行儀が悪いと注意された。
手が塞がってんだ、しょうがねェだろう。
ベッドにゆっくりと下ろしてやれば、エマはそのままぼすっと倒れこんだ。
「水は?」
「んん、いらない」
「飲んどいた方がいいんじゃねェの?」
「んー……えーすのにおい。すき。おちつく」
ふふふ、と笑うエマを見て、肺の空気をすべて吐き切るくらいのため息が出た。
もう、どうなったって知らねェぞ。
「エマ」
声をかけてエマの上に跨れば、ギシ、とスプリングの音が室内に響く。
きょとんとした丸い瞳に、思わず吸い込まれそうだ。
「ん!」
「ぅおっ、」
突然エマが両手を伸ばしてきたかと思えば、首に腕を回されて引きつけられる。
ちゅ、と可愛らしい音と共に、口にふにっと熱いものが触れた。
顔が離れれば、エマはやってやってぜと言わんばかりの、満足そうな笑みを浮かべている。
「……やってくれたな」
「ふふふ」
「襲われても文句言えねェぞ」
「わたしからさそったんだよ」
エマはそう言って、はい、と両手を広げた。
「あー……敵わねェな」
本人からのお許しも出たところだし、据え膳ほにゃららはなんとやらってやつだ。
「じゃ、イタダキマス」
薄く開いた桃色の唇に、おれはかぶりつくようにキスをした。
据え膳 〜Fin〜