あめ



「うわ、降ってるなぁ……」


今日の降水確率は10パーセント。
大半の人は傘なんて持ってこないだろうその予報に、まんまと裏切られる。
案の定、玄関先では「最悪」だの「どうしよう」などの声が飛び交っていた。

そんな中、私は少し得意気にリュックの中を漁る。
取り出したのは今現在なら誰もが羨むであろう、折り畳み傘だ。
こんな事もあろうかと、常に鞄の奥に忍ばせてある、否、入れっぱなしだ。

他の生徒への優越感に浸りながら、一歩、外に踏み出した。

傘の上にポツポツと落ちる雨の音が心地よく響く。
びしょ濡れにさえならなければ、私は存外雨が嫌いではない。


「エマ!」

「ッぅわ!?」


そんな事をぼんやりと考えていたのが悪かった。
バシャバシャと水音を立て、私の肩を突然叩いた人物がいた。


「お、どろかさなでよ、エース」

「ワリーワリー!お前今変な声出てたぞ」

「う、うるさいな!びっくりしたんだもん!」

「っと、そんな事より、よっ…と」

「え、ちょっ、なに、やだびしょ濡れじゃん!」

「細けェ事は気にすんなよ。ちょっと途中まで入れてくれ」

「あっ、こら!」


私の事などお構いなしに、エースは傘を奪い取る。
返してと手を伸ばそうが、高いところに持ち上げられてしまえば、私と彼との身長差ではどう頑張っても届かない。


「へへ、一緒に帰ろうぜ」

「……しょうがないなぁ」

「さすが。優しいなァ、エマちゃんは」

「からかわないでよ」

「本音だって」


そう言って横を歩く男はにっこりと笑う。

ああ、だめだ、その笑顔はだめだ、心臓に悪い。
エースの事が好きな私に、その笑顔は効果が抜群だ。

エースとはクラスがおんなじで、そこそこ仲は良い、はずだ。
誰にでも優しく親切でかっこいい彼は、老若男女問わず人気がある。

そんな人気者の彼に、私は無謀ながら恋をしてしまったのだ。


「エースって、太陽みたいだよね」

「なんだァ、突然」

「ちょっと晴れさせてみてよ」


そんな事を言ってみれば、無茶言うな、とまたくしゃりと笑みを浮かべる。

嘘、本当は止んで欲しくなんかないんだ。
エースと一つの傘で並んで歩けるなんてそんな、夢みたいな事が出来ているんだから。

小さな折り畳み傘のせいで、濡れないようにぎゅうぎゅうと詰めれば、自然にお互いの肩が触れ合ってしまう。
さっきから触れたところがあっつくて、心臓は音が聴こえてしまうんじゃないかと心配なくらい大きく跳ねている。

お互いに言葉は発さず、ただただ雨が地面を弾く音だけが聴こえた。


「………おれは、」


ふいに、彼が口を開いた。


「おれは、止まなくていいけど、雨」


見下ろされた瞳がまっすぐと私を捕らえた。


「そ、そう?変わってるね、エース」

「ん」

「ん?え、あれ……なんで傘、持ってるの?」


突然目の前に差し出されたのは彼らしいシンプルな黒い傘だった。
傘を持ってるのに、なんでわざわざ……


「お前が一人で歩いてったから、思わず追いかけてきちまって」

「う、うん」

「傘持ってんのに、一緒に入れさせて貰ったりとか」

「持ってるのにね…?」

「……なァ、まだわかんねェ?」


首を傾げて、彼はそう言った。

エースは私を見つけて、思わず追いかけてきた。
エースは傘を持っていたのに、一つの傘で一緒に帰ろうと言った。
エースは、雨が、止まなくてもいいと言った。

私と同じように――


「……え、あ…、え……?」

「はは、気づいたか?」

「ええ!?だ、だって、え?ぜったいうそだそんな…そんな訳ない……」

「嘘じゃねェって。あーあー、顔真っ赤だなァ。かわいい」

「かわっ…!」


エースが私の目線に合わせて屈んで、そのまま耳元に顔を寄せてきたと思えば、思わぬ爆弾を落としてきた。

好きだ、エマ――

その途端、膝から崩れ落ちそうになった私を受け止めたエースが傘を落としてしまう。
結局、二人仲良くびしょ濡れだ。

だけど、やっぱり私は雨が嫌いじゃない。



あめ 〜Fin〜