ソウニウム



「…………ど、どうなった……?」

「……音が、ない。ない、鳴ってない!」


ディスプレイに表示されていた数字は、1:36のまま、動かない。
焦りと不安を生む、忌々しい一定のリズムも、もう聴こえない。


「止まった……」


ワァッ、と歓声が上がり、互いが互いを抱きしめる。
固く握りすぎていた手にはくっきりと短刀の跡が残り、肩の力が抜けたエマは盛大に息を吐いて隣にいたイッカクに倒れ込んだ。


「疲れた……」

「お疲れさん。ありがとうねエマ」


背中をぽんぽんと撫でるイッカクに、ぐったりしながらどういたしまして、と返す。

そして、ガチャンと音が鳴り、石像が扉のようにひとりでに開いた。
開いた隙間に手を入れて、シャチとペンギンが二人がかりでそれを引っ張る。


「あっ!」


何かに気が付いたペンギンが、両手でそれを掴んで皆が見えるように地面に置く。


「鍵と、紙?」

「またあの変な文字か?」

「ええ〜!それだけかよ!肝心の宝箱は?黄金は!?まさか……」


「探しなおし!?」と言うシャチに、待ったをかけたのはエマだ。


「もう探さなくていいよ。多分宝の在処、わかったから」


地図を指さしながら、エマが話し始める。


「この国はね、バーキンズが作ったもう一つの国だったのよ」


時は、バーキンズが国を築いた時代まで遡る。
世間から迫害を受けていたバーキンズ達は、自分たちだけの国を作った。
世間にトラウマを持つほとんどのバーキンズは、国を出ようなどと考えもしなかった。
しかしそう思わない者達もいた。
その者達はバーキンズ海賊団と名乗り、世界中を旅する事にした。

バーキンズ海賊団の船長、バーキンズ・ロゼは自由を愛していた。
世間から化け物扱いされようと、虐げられようと、自由を諦めなかった。
普通の海賊となんら変わらない。
黄金を探し、敵と戦い、勝利し、宴を開き、笑い、歌い、時には悲しみ、泣く。

そしてロゼはある一人の女性に出会う。
その女性はバーキンズを虐げようなどと思わなかった。
バーキンズが、初めて人に受け入れられた時だった。

後にロゼと女性は家庭を持ち、一つの国を作り上げた。
それが、"ソウニウム"だった。

ソウニウムは黄金が眠る島。

ロゼが、いつかこの島にきたバーキンズの助けになるようにと残した黄金だった。


「じゃ、じゃあ、この国はエマの先祖が作ったって事かァ!?」

「……まぁそんな感じね」

「なるほど。だから洞窟の仕掛けのヒントに、エマが気が付けたって事ね」

「そうだね。バーキンズであれば知っている事ばかりだったからね」

「ていうかどこ!?どこにあるんだよ黄金は!!」


急かすシャチに、エマは苦笑いを浮かべて口を開く。


「この国の王宮の中よ」


王宮、とシャチはオウム返しする。


「王宮って、そんなのどうやって探せば……」

「うん、困ったね」

「うおい!」

「キャプテンに相談する?」


ベポの提案に、少し考えて全員が頷いた。
さすがに王宮に潜入となれば、船長の許可無しで動くのは危険だろう。
何より、ヘマをすれば船長の顔に泥を塗ることになってしまう。


「とりあえず、戻るか」

「その方が良さそう。思ったより大事になってきたわね」


全員の意見が一致し、まずは洞窟から脱出する事とした。
再び頼りないランタンと共に歩き始める5人だったが、行きよりも足取りは軽かった。


「お、見えたぞ出口」


恋しかった外の光が見えると、歩くスピードが自然と上がった。
「おれ一番乗り〜!」と走り出したシャチに、くすくすと笑みが零れた。

全員が全員、浮かれていたのだ。

出口の先に、敵が待ち構えているとも知らずに―――


ドンッ


「―――――シャチ……?」


バランスを崩し、転がるように倒れるシャチの身体。
少し土で汚れた白いつなぎから、じわじわと滲み出す赤。

シャチが、何者かに撃たれたのだと悟る。


「シャチ!」

「おいシャチ!しっかりしろ!!」

「――ッてェ……ッ!」


すぐさま駆け寄りシャチの容態を見る。
意識ははっきりしており、銃弾も内蔵を傷つけた訳ではないようだ。
とはいえ、掠った銃弾にえぐられた皮膚からは、血が噴き出すように出ていた。


「イッカク、これで止血を……!」

「わかった!」


エマは羽織っていたパーカーを脱ぎ、イッカクへと押し付ける。

そして発砲してきた相手を睨みつける。
シャチを守るように、ペンギン、ベポも一歩前へと出た。


「ちょっと、いきなりなんのつもり?」


エマの問いに答えるかのように、逆光に照らされた人影が近づいてくる。


「名乗る必要はないかな。洞窟の中で手に入れた物を渡してもらおうか」


金髪に青い瞳、端正な顔立ちをした青年だった。
身にまとっているものは、服装に疎い者でも分かるような高価なものばかり。


「……あなた、この国の貴族かなにか…?」

「そんな事はどうだっていいんだよ。早く鍵を渡してもらおうか」

「なぜ、中で手に入れた物が鍵だって……うッ!?」

「エマ!」


エマが問えば、男は黙って手を挙げた。
それが合図となり、男の部下がエマに向かい銃を向け、発砲したのだ。


「エマ!大丈夫!?」

「……ッ、大丈夫、貫通してる。すぐ治るわ……」


腹を抑え、前かがみになっていたエマが、少しすれば元の姿勢に戻った。
明らかに出血が止まり、"傷が治った"のだと理解したのであろう、それまで無表情を貫いていた男の表情が歓喜のものに変わった。


「"バーキンズ"だな!!!?」


突然バーキンズの名を口にした。


「なんという幸運だ。今夜の社交界前にすべて揃うとは……」


ブツブツと喋り出した男に頭が付いていかず、エマ達は怪訝な表情を浮かべる。
今の内に逃げられないかな、とベポがぽろりと零した。


「女、一緒に来てもらおうか」

「ッ!誰が……!」

「仲間を助けたいのだろう。お前が大人しくついてくるのなら、他の4人は見逃してやってもいい」

「エマ、聞く必要はないぞ」


ペンギンがエマに言う。
しかし、後ろにいるシャチを見る限り、素早く撤退する事はできそうにない。
おまけに男の部下達は、いつでも発砲が出来るように構えている。
明らかにこちらの分が悪い。

エマは小さくため息をついて、一歩前に出て答えた。


「…………わかった」

「エマ!」

「この状況じゃ仕方ないでしょう。大丈夫、殺されはしないみたいだから」

「でも!」


「みんな、―――・・・」


何かを仲間達に告げ、エマは笑顔を見せた。


「……エマ、お前…」

「シャチの事、お願いね」


そう言って背を向け、男の元へと歩み寄る。
満足気な表情を見せる男は、エマの上から下へとねっとりと見定める。


「………何、」

「いや、バーキンズは皆美しい容姿をしているという話は本当だったのかと」

「ハァ?」


突然口説き始めた男に、エマは顔を顰めて一歩下がった。
それを逃がさないとでも言うかのように、男はエマの腕を強く掴む。


「鍵は?」

「……持ってるわ」


男に銀色に輝くそれを見せれば、満足そうに頷いた。
そしてエスコートするように、エマの腰に手を回した。


「エマ!」


ペンギン達がエマの名前を呼ぶも、エマは振り返る事もせずに歩き出してしまう。
完全に姿が見えなくなり、その場に残ったのはエマを除いた4人だけとなった。


「どうしよう…キャプテンになんて言ったらいいかなぁ……」

「クソ!シャチだけじゃなくエマまで…!」

「落ち着いてペンギン。まずはシャチをキャプテンの所へ」

「なんでお前はそんなに冷静なんだよイッカク……ヘブッ!」

「ぺ、ペンギン〜〜!!」

「落ち着けって言ってんでしょ」


怒りの声を上げたペンギンに、イッカクが容赦なく手刀を落とした。


「あの子は、なんの考えもなくついて行った訳じゃないよ」

「え?」


シャチの傷を止血するためにエマがイッカクに渡したパーカー。
そのポケットの中からイッカクが取り出したのは、小さなカタツムリ、ではなく――


「電伝虫!?」

「ただただスピーカーの役目をするタイプみたいね。ちょっと、静かにして」


イッカクが口元に指をあてれば、しん、とその場が静まる。


『ちょっと、いい加減その手やめて』

『そうカリカリするな、エマ』

『気安く呼ばないで』


「エマの声だ!」


電伝虫から発せられた声は間違いなくエマのもので、ベポは嬉しそうに声を上げた。


「エマは、堂々と正面から宝を狙いに行ったのよ」


"みんな、後でちゃんと迎えに来てね"


先ほどエマが残していった言葉が、脳裏を過った。