船と王宮



「キャプテン!キャプテ〜〜ン!!」


ドタドタと走る大きな足音が船内に響き渡る。
どうせまた面倒事に違いない、と毎回何かしらのトラブルを連れてくるクルー達に、ほとほと呆れる。


「キャプテン!」


ノックもせずに開け放たれたドアから、慌てて顔を出したのはベポだ。


「ノックをしろ。なんだ、ベポ」

「キャ、キャプテン!シャチが!怪我しちゃって、血が…!あとエマも……!!」

「あァ?少し落ち着け、話が見えねェ」

「キャプテン!!」

「……今度はなんだ」


次から次へと呼ばれ、ローは多少の苛立ちを表に出し、顔を向けた。
そして目を見開いた。
自分を呼んだペンギンの肩に寄り掛かるようにしてぐったりしているのは、シャチだ。
つなぎはべったりと赤く染まり、怪我とはこれの事かと頭を抱える。


「何がどうしてそうなったんだ。お前等今日は宝探しとやらに行ったんじゃなかったのか」

「何から話したらいいか……とにかく、まずはシャチを……!」

「私が話すわ」


騒がしい会話に、落ち着いたイッカクの声が響く。


「チィッ、面倒起こしやがって……イッカク、後で何があったか詳しく簡潔に話せ。まずはシャチだ」


盛大にため息をつきながらも、ローは両手に手袋をする。
オペ室の台に乗せられたシャチの額には汗が滲み、浅い呼吸を繰り返していた。


「おいシャチ、意識はあるのか」

「キャプ、テン……はい、なん、とか…すいません……」

「ったく……幸い出血はしてるが、大した怪我じゃねェ」

「そう、ですか……よかった」

「あァ、そういう事だから……」

「キャ、キャプテン…?」


ニヤリと口角を上げたローに、思わずシャチは冷や汗をかく。


「麻酔無しでいけるな?」

「ヒィィッ!」


オペ室の外で待機していたベポ・ペンギン・イッカクの3人は、青ざめた表情で、シャチの悲鳴を聞いていたのだった。



***



「……なるほどな」


シャチの悲鳴が船内に轟き終わった後、船長室にて先ほど洞窟で起こった事を簡潔且つ詳しく説明した。


「それで、その後エマから連絡はあったのか?」

「いえ、まだ何も……」


ローが目を落とした先にいる電伝虫は、何も発さずに目を瞑って眠っている。


「敵は、エマがバーキンズだと分かった途端に目の色変えまして」

「鍵より、エマって感じだったよね」

「……あいつも相当なトラブルメーカーだよな」


ペンギンが言った言葉に、一同うんうん、と頷いた。

すると、噂をすればなんとやら、と言うだろう。
それまでうんともすんとも言わなかった電伝虫が目を覚まし、音を発した。


『……っだん、じゃないッ――』


「エマだ!」

「なんかあったのか?怒ってるぞ」


最初はノイズが酷く聞き取りにくかったが、だんだんと会話が鮮明に聴こえてくる。
その会話に、静かに耳を澄ませた。


『悪い話じゃないだろう』

『何が目的か全然わからないわ。それに、私は海賊よ、周りが黙ってないんじゃない?』

『そんな事、どうとでもなる』

『ッ、頭おかしいんじゃないの……海賊を、バーキンズを娶ろうとするなんて…!』


「!?」

「ハァッ!?」

「……めとる、って、何?」


周りがザワつく中、ベポだけが理解出来ずに首を傾げる。
少し興奮気味に「エマを嫁にしようとしてる」とペンギンが説明した。


「ええ!?エマ、結婚しちゃうの!?」


ベポがそう叫ぶと、なんとも重苦しい空気が室内を埋め尽くした。





「バーキンズを嫁にもらう事が、何かおかしいか?」

「え……?」


自身の言葉に怒鳴りつけるエマに、男が問う。


「聞いている。何かおかしいか?」

「お、かしい、でしょ……普通に考えて、私達の事を知っててそんな事思うなんて……」

「ふむ、お前は何か勘違いをしている」

「……勘違い?」

「この国は、バーキンズが作った国だぞ。国民の先祖達の中にはロゼに恩恵を受けた者も多くいる」

「だから、何よ」

「お前、実はバカなのか?」

「バ…ッ!?」

「おれ達はバーキンズに感謝こそすれど、蔑んだり差別したりする事はない」


エマは言葉に詰まり、目を丸くした。

可能性はゼロじゃないと思わなかった訳じゃない。
しかし、今まで耐えがたい仕打ちを受けてきた歴史があるバーキンズにとっては、あまりにも信じがたい話だった。

まさか、自分が、バーキンズが差別されない国が他にあっただなんて。

ハートの海賊団の皆も、エマをバーキンズだからと言って差別したりはしない。
でもそれは、彼等は海賊であるから。
好奇心旺盛で、多少珍しいものにも耐性があるから。

一般人にここまで平然と受け入れられたのは、エマにとって初めての経験だった。


「……だからと言って、私を選ぶ必要はないでしょう。あなたになんのメリットが?」


エマが逆に質問をすれば、男はエマには知る権利があると、この国の現状を話し始めた。

現国王が病に伏し、回復の目途が立たないことから、後継ぎを早めに決める事になった事。
兄弟が多く、その後継ぎにおいては本日の夜行われる社交界で発表されるとの事。


「十中八九、間違いなくおれが選ばれる」


男は堂々と言ってのけた。
なんでも、頭脳明晰・護身術等も身についており、部下や国民からも人望が厚いとの事だ。


「だが、納得しない兄弟も多いだろう。そのための保険に、お前とロゼの黄金が必要だ」

「どうして……」

「この国の発展のためだ。バーキンズの血は、この国の希望なんだよ。お前がおれの元に嫁ぐとなれば、誰も文句は言えまい」


男は口元を抑え、にったりと笑みを浮かべる。
エマはその笑みを不気味に感じ、一歩後ずさる。
さっき初めて会った時から、この男はどうも苦手だった。

話がひと段落し、沈黙が生まれた頃、タイミングよく豪華な装飾の扉が外から叩かれる。
どうやら従者がこの男を呼びに来たようだ。


「後でまた様子を見に来る」

「来なくていいわ」


エマの皮肉もまったく気にしないという風に、男は口角を上げて口を開いた。


「バーキンズ・セリムだ」


そう言って扉が閉まった。
エマはどかりとキングサイズのベッドに倒れこむと、「誰が呼ぶか」と憎まれ口をたたいた。

そしてハートのシンボルを彫られた、お気に入りのイヤリングを片方外して話しかける。


「ちょっと、早く迎えに来てくれないと結婚させられちゃうわ」


それだけ言って、エマは電伝虫との通信を終了させた。