世界



「おかえり!」
帰宅早々、声を掛けられる。
明るい笑顔で駆け寄ってきた子供達。
抱きついてくるのを慌てて神機のケースを置いて受け止めた。
体温が伝わる。
暖かい。
先程までの任務の緊張がほぐれていくようだ。
「ただいま」
このミナトでの生活も、ようやく慣れてきた。
くっついてるAGEの子供を抱え直し、神機ケースを拾う。
「アイン!今日は何倒してきたんだ?」
活発そうな少年が道を開けて隣に並ぶ。
アインは少年達と共に歩き出した。
「中型のアラガミだよ。此処に近づいてきたら、危ないからね」
「一人で…大丈夫だった?」
「孤立した一体だけだったから、何事もなかったよ」
眉尻を下げた少女が首を傾ける。
そんな少女に笑いかけ、つられて少女にも笑顔が戻る。
少女の両腕にも嵌められた無骨な腕輪。
悲痛な過去の証。
しかしそれも、此処にいれば少しは和らいでくれるのだろうか。
「なぁアイン!また稽古つけてくれよ、次は勝つからな」
「分かった。任務の報告をしたら向かうよ」
「ちょっと、アインは任務帰りで疲れてるのよ」
「お前だってずっと引っ付いてるじゃねぇか」
「それは…っいいのよ、私かるいもん!」
交わされる屈託の無い言葉に頬が緩む。
ふと、歩みを止めた。
「どうしたの?」
気弱そうな少女が真っ先に声をかける。
抱えていた少女を下ろし、辺りを見渡す。
見慣れたミナトの廊下。
曲がり角。
その先。
コツンと、わざとらしく足音が響いた。
堂々と歩いて来たのは、見覚えのある制服をきた男が三人。
グレイプニルの制服をきっちりと着込んでいた。
「誰…この人たち…?」
少女がアインの服の裾を掴む。
その手から、震えが伝わった。
「誰だ、入港許可は取ってあるのか」
一歩前に出る。
少女達を隠すように。
「AGEが何故こんな所にいる」
口を開いた侵入者が、互いに顔を見渡している。
「アイン…」
「大丈夫、少し離れていてくれ」
侵入者から注意を逸らさず、声をかける。
少女は小さく頷いて、アインの服から手を離した。
「止まれ、それ以上の侵入は侵略行為と見做す」
毅然と声をかける。
グレイプニルの使者となれば、下手に事を荒げるのはミナトにとって得策ではない。
オーナーにどう連絡するか、子供達をどう避難させるか、ここから一番近いのは…。
「こんなにAGEがいるとは聞いていないぞ?」
「居ない奴なら、居なくなっても良いよなぁ」
「おいおい、なんか鳴いてるぞ?聞いてやれよ」
まるで何も聴こえていないかのように口々に話し出す。
歩みも一切止めようとしない。
「聞いた所でアラガミの鳴き声は我々人間には理解できん」
「そりゃそうだ」
笑っている。
こちらの言葉は一切聞き入れられない。
とはいえ、野放しにするわけにもいかない。
「コイツら、ふざけてんのか?」
傍にいた少年が駆け出した。
「待て!」
伸ばした腕が空を裂く。
その一瞬で、掴みかかろうとした少年が侵入者に腕を取られた。
「ほら、すぐに噛み付く」
見せつけるように少年の腕を引っ張り、足が宙に浮いた。
「痛い!離せ!」
彼の顔が歪む。
奥歯を噛み締める。
「首輪をしないと」
そう言って、少年の一対の腕輪を拘束した。
少年の顔から血の気が失せていく。
後ろから小さく息を飲む声が聞こえる。
「お前らもだ、分かっているな」
未だ少年は奴らの手中。
相手は三人。
後ろに少女が二人。
妙案は、思いつかない。
「そうだ、大人しくしろ」
ニヤついた表情を睨みつけ、両腕を差し出す。
無骨な音と共に腕輪が拘束された。
少女達の腕輪も拘束されていく。
「全く、無礼極まりない」
「勝手に出歩いたら駄目だろ?お前の立場分からないか?」
男が少女を蹴り飛ばす。
少女はそのまま床を転がった。
「貴様…!」
考えるよりも先に身体が動いた。
こちらを向いた男が、笑っているような気がした。
「待て」
突然強い力で腕を引かれる。
行き場を失った怒りでたたらを踏む。
咄嗟に振り返れば、そこに居たのはノジアだった。
強引に後ろに引き、グレイプニルの使者との間に割って入った。
「ノジアさん!」
退いてくれと声を荒げる。
その奥で笑っている男達。
未だ捕らえられたままの少年。
今やらないと何をされるか分からない。
いつも表情のないノジアの口が開いた。
声はない。
形で見せた言葉は四文字。
冷水を浴びたような気がした。
「怪我はないか」
ノジアが男達に振り返る。
「全く、躾がなっていない」
わざとらしく埃を払う男。
埃など、いつ付いたというのだろうか。
「部下が無礼を働いたようだ、詫びよう」
「ふん、多少は会話の出来る奴が居て何よりだ。動物園かと思ったぞ」
明らかに軽視している態度に拳を握る。
「だがお前では話にならん。オーナーは何処だ」
「…すぐに来る」
いつも通りの淡々とした声。
ここからでは表情は伺えない。
「彼を離してくれないか」
「彼?あぁ、アレか。暴れるようだから躾けている」
少年を捕らえた別の男が、見せつけるように腕を掴み上げる。
痛みに顔を顰めているのが見える。
「だから渡してくれないか、近くにいては危険だろう」
「ろくに躾も出来ていない奴に渡すのか?」
侵入者が鼻で笑う。
他の男達も笑いながら同意する。
「出来るか?」
「は?」
男達の表情が固まる。
「…アラガミの制御が、出来るのかと聞いている」
「何を言っている?使えないコマは捨てるだけだ」
壊れた玩具は捨てるだろう?と、講義でもするかのように両手を広げる。
少年の腕を掴んだ男が、ぐらぐらと揺さぶった。
「そもそもコレ、所有権の申請は出ていたか?見た事がないな」
少女達も同じだと男は主張する。
「AGEの無断所持、管理体制の杜撰さ、報告に値するな」
「彼の所有権なら先月申請済みです」
そう言いながら、男達の奥からゆっくりと歩いて来たのはこのミナトのオーナー。
「覚えておられませんか?御多忙のようで」
うっすらと笑みを浮かべる。
男達も向き直った。
「あぁ、やっと来てくれましたか」
「ご覧の通り人手不足なもので、迎えも寄越さず申し訳ない」
形だけの笑顔と言葉で挨拶を交わす。
ここからは、預かり知らぬやり取りか。
「AGEの運用の仕方を誤っていたので正しておきましたよ」
AGEの子供達を指して言う。
全て自由だった彼らが、今は手を拘束されている。
つい先程までの笑顔も消え失せて。
「失礼。待遇改善案の検討中でして。急に来られたもので対応しかねました」
眉一つ動かさず、さらりと返す。
このミナトではAGEの差別的扱いなど元々無い。
しかし、拘束されたことで子供達は思い出してしまったのだろうか。
腰が抜けて、視線を落とす少女。
蹴り飛ばされ、床にうづくまる少女。
未だに腕を掴まれたままの少年。
「いつ暴走するとも限りませんし、野放しは危険すぎではありませんか」
「野放しではありませんよ、現に守ったではありませんか。うちのが」
ノジアを示して言うラエ。
ノジアは静かに事の成り行きを見守っている。
「もっとも、神機使いであるあなた方には無用でしたかね。見事な手腕で」
「この程度、当然でしょう」
男が鼻を鳴らす音が聞こえる。
片手にはまった赤い腕輪。
同じ、神機使いであったのはずなのに。
「して、用件は」
「おや、あまりにも杜撰だったもので目移りしてしまいました。あのAGEの所有権について」
不意にこちらを指差した男。
視線が集まるのを感じる。
「成る程。立ち話もなんですし、場所を変えましょう。アイン、来てくれるか」
「…はい」
金属が擦れる音を立てる。
「他のAGEは邪魔になりましょう、下がらせます」
「いいでしょう」
少年を捕らえていた男がようやく腕を離した。
乱暴に振り切られ少年が倒れ込む。
ノジアが駆け寄り、助け起こした。
振り返らず歩いていく背中を追って、足を踏み出す。


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