断罪


「あれか」
目下に見えるは四足の獣。
「…いいか、目的は情報収集だ」
鉛を入れられたように重く感じる空気の中、ノジアとラエはいた。
「分かっている」
ここ、灰域と名付けられたオラクル細胞の濃度が高い地点。
そこに君臨する機械と獣が混ざり合ったようなアラガミ。
名前はまだつけられていない。
「…即死不回避、か」
遭遇した者達はヤツの特徴を告げる間も無く死んでいった。
分かるのは、出会えば即死。
それだけ。
今回の目的は、先程ラエが念を押したように情報収集だけである。
そもそも、この灰域の中で長居は出来ない。
被害も予想されるため、予め医療班も待機させている。
そんな万全の状態で、挑む未知。
「死ぬなよ」
「互いに」
ラエが廃墟から飛び出すのと、ノジアかバレットを放つのは同時だった。
まずは、弱点を探りたいところだが。
全属性のバレットを試すにも、比較検討するため同じ部位に当てる必要がある。
飛んできた光弾を避け、再度構え直す。
悪名高いアラガミだ。
さっさと試して撤退したいところだが、それが許されるなら二人はこんな危険な任務には駆り出されていないだろう。
歴戦の神機使いとして、戦場に立つ。





吠えるアラガミ。
風圧がかかる。
前脚に光が伸び、空気と擦れ合い音を放つ。その光ごと脚を振り回したのを、二人は左右に後退して避けた。
距離が開く。
獣が姿勢を低くする。
何かを溜めるような動作。
背中についたブースターのようなものから青い光が上がる。
来る。
判断と敵が消えたのは同時だったか。
反射的にその場から離れる。
風圧が耳を馳け抜ける。
速い。
「ノジア!」
咄嗟に右に飛んだ。
鋭い痛みが左腕にはしる。
姿形も、音も、風圧すらも、感覚を認知するより速く、奴は動いた。
これは不利だと、判断した時。
平衡感覚が狂ったというのだろうか。
上書きされたという感覚に等しいかもしれない。
立ってもいられず、左腕を抑えて蹲る。
土と乾いた音を立てる神機
左腕から駆け巡る鋭い痛み。
痛みというよりも、もっと、それ以上の。
「くそ、おい、立てるか!?」
「……っ」
音が聞こえる。
身体が重い。
感覚器官が狂っている。
掠った程度でこんなにも狂わされるとは。
この感覚は、初めて神機を握った時のような。
オラクル細胞が体内に入るような。
それよりもひどく、内側を喰われるように。
侵食、されている。
その侵食の、原因は。
「ラエ!」
戦闘音を掻き消すように出した声。
上下感覚も狂い、視界がぐらつくなか、腕に力を込める。
「腕…、切れ」
傷口から黒い靄が見える。
見慣れた、アラガミの死体がオラクル細胞となり霧散する時と同じもの。
それが体内に、入り込んできている。
「っ、何言ってんだ!」
「早くしろ!ここで二人死ぬぞ!」
水平に上げた腕が震える。
無遠慮に食い千切られるような痛み。
それを何度も何度も、何度も。
気力を振り絞っても腕を上げるだけで精一杯だ。
灰域種相手に、動けない一人を庇いながら逃げる事は不可能に近い。
追い返すなど言語道断。
あの足の速さだ。
集中を切らした時点で死ぬ。
「くそッ!」
ラエが横に飛び、四足の獣が向きを変える。
直線上に並んだ二人と獣。
振り上げた神機が、影を伸ばす。
オラクルの刃が連なる。
その起動はノジアと重なり。
振り下ろされた切っ先。
唸る獣の声。
「…っ!」
息を詰めた。
地面を引きずる音。
腕にヒヤリとした感触。
追ってやってくる熱さ。
脳は、まだ痛みを理解していないか。
神機に残った手を伸ばす。
身体は動く。
「撤退だ!」
神機を掴んだ瞬間に、ラエの声が響く。
ラエは獣を飛び越え、ノジアの腕を引く。
その力につられ、脚が身体を支えた。
目の前の獣から注意を逸らさず、後退する。
その奥にあるのは、装甲車。
しかし、みすみす獲物を逃すはずがない。
獣もこちらに向き直り、姿勢を低くする。
背中にある過給機と酷似した機関が震えだす。
これは、先程見た。
「来るぞ!」
「チッ…!」
隣で聞こえたのは舌打ちと、もう一つの音。
アラガミが視界から消える。
その後に、
「目ぇ閉じろ!」
炸裂した光の洪水。
瞼を隔てて押し寄せる。
獣の怒りで大地が震える。
それでも、足は止めない。
ようやくたどり着いた装甲車。
ラエが扉を開けた後ろで、ノジアが口を開いた。
「運転頼む」
ラエは何か言いたげな顔をしたが、それもすぐに消し、運転席に乗り込んだ。
ガンッと派手な音を立てて装甲車が揺れる。
その上にノジアが乗り上げたのだ。
左肩からとめどなく流れる熱い液体。
装甲車の屋根に座り、片腕で銃形態の神機を構える。
膝上で銃身を支え、スコープを覗く。
咆哮を上げている獣が見える。
動き出した装甲車。
地は揺れ、獣は動き、片腕だけでは支え切れない長身のスナイパー。
照準が、定まらない。
獣が走りだす。
見る見るうちに近づいて来るそれ。
心中舌を打つ。
だが、それがどうした。
動く敵に当てるなど、いつもやっている事と同じだ。
ただ照準も動くだけ。
狙うは、どんな生物でも鍛えようのない、瞳。
装甲車は蛇行をし、身体が揺れる。
相手の避けられないタイミングで確実に一撃で決める、それしか手はない。
霞みそうになる視界に鞭を打つ。
心臓の音が聞こえる。
詰まる距離。
獣が牙を剥き出す。
地を踏みつけ、宙に浮こうとした瞬間。
捉えた。
動く視界の中心に。
神機へと跳ね返る衝動。
飛び上がる勢いは銃弾に殺され、大地に転がるアラガミ。
途端装甲車は蛇行をやめ、真っ直ぐに、ひたすらにアラガミとの距離を引き剥がしていく。
蹲るアラガミ。
まだ警戒は解かないよう、神機を構え直そうとしたところで、視界が歪んだ。
血を流しすぎたのか。
朦朧とする意識を叱責し、アラガミに視線を向ける。
先程と変わらない場所のまま、悶えるように留まっている。
もう、追ってはこないだろうか。
そんな希望的観測、信じないが。
意識はここで途切れた。





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