呼称




「シエルちゃんって、イーギスのこと名前で呼ばないよね?」
ずいっと、ナナが身を乗り出した。
「…そう、でしたか?」
それを受けて、シエルは首を傾げる。
二人はラウンジのソファに並んで腰掛けていた。
「そうだよ。隊長とか〜、君とか〜、名前で呼んでるの聞いたことないよ。」
人差し指を立て、左右に振る。
その言葉にシエルも自らの言動を振り返る。
確かに、ブラッド入隊直後から彼は副隊長に就任し、副隊長と呼んでいたような気がする。
その後、隊長となったらそのまま隊長呼びだ。
「……ですが、隊長ですし、そこは一線を引いて…」
ナナの指が、シエルの口元にあてがわれる。
思わず言葉を詰まらせたところに、ナナの真っ直ぐな瞳。
「二人は友達なんでしょ?」
あの日、静かな庭園で交わした言葉。
忘れもしない。
「は、はい…。」
あの日のことを思い出し、少し頬を染めながら頷いた。
それに満足したのか、ナナはにこやかに笑う。
「だったら大丈夫だって。」
「そ、そうですか…?」
おずおずと顔を上げる。
完全に上がる前に、ナナは動いた。
「あ、イーギス〜。」
「ナっ、ナナさん!?」
シエルの後ろ、手を振る先には丁度話題の人物が居た。
一度振り返り、すぐさま戻ってナナに制止を呼びかける。
しかし、ラウンジに入ってきた彼はこちらに気付いたようだ。
「ほら、試しに呼んでみよ!」
「えっ!ちょっと待ってくだ…」
制止も虚しく、声が近付いてくる。
まだ色々と準備が出来ていない。
「どうしたんすか?お二人さん。」
もう、声は真後ろから聞こえる。
ナナに促され、シエルもようやくイーギスへ向き直った。
気恥ずかしくて、顔を見られない。
「あ、えと…。」
「…どうした?」
イーギスから感じる眼差し。
ナナから感じる眼差し。
一つ、ゆっくりと息を吸った。
それを同じようにゆっくりと吐く。
顔を上げた。
「っ、その…イーギス、さん?」
「おぉ!」
ナナの感嘆が聞こえる。
顔は上げられたが目線までは合わせられず、最後には尻すぼみになって消えていった。
何処からか沸き起こる羞恥に耐える。
改めて名前を呼んだだけなのに、どうしてだろうか。
何か、この感情を変えてくれるものが欲しい。
そうだ。
いつもなら、彼からの返事がくるはずだが。
こっそりとイーギスを伺えば、笑みを浮かべながら固まっているように見える。
シエルがそれを認識すると同時に、
「…お、俺、ちょっとタバコ吸ってきますわ〜…。」
早々にラウンジを去って行くイーギス。
「あれ、イーギスってタバコ吸ってたっけ?」
ラウンジには首を傾げるナナと、胸の中で渦巻く様々な感情に戸惑うシエルが残されたようだった。





――――――


あとがき

シエルちゃんに名前を呼んで貰いたかった話でした。
シエルちゃんが可愛いくてたまりません。




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