leaden



意識が、戻る。
記憶の扉を抜け、光に包まれた先。
見慣れた拠点の古びたステンドグラスが目に入った。
「これは…どういうこと…?」
リンが動揺を隠せない声で呟く。
たった今、ヘパイストスの血英を修復したところだ。
彼女の過去にも、壮絶な思いが詰まっていた。
何度か言葉を交わし、彼女の精神を鑑みて今日はもう休ませた。
日はもうとっくに暮れている、自分ももう休もうかと思考を巡らせた時だった。
「っつ!」
飛びそうな悲鳴をなんとか堪えた。
突如右手に走った激痛。
腕を後ろに引かれただけではあるが、今は。
引かれた先を振り返れば、鋭い視線を宿したジャックがいた。
「…再生力を使え」
「え、いや」
否定しようとすれば、さらに眉間に皺を寄せる。
何故、バレているのだろう。
血英を修復する際に掴んだ右手が、それに貫かれていたことを。
リンの前では隠していたし、そもそも彼女自身も動揺していて周りを見る余裕など無かった。
それで自分が油断したからか。
しかし、そもそもその場にジャックは居なかったはずである。
中々再生力を使わない自分に、ジャックは無言で訴える。
使わなければ、手を離す気などなさそうだ。
「…はい」
心臓に手を添える。
鼓動が聞こえる。
それを一際強く、響かせた。
手から痛みが消えていく。
それを確認し、ようやくジャックも手を離した。
「……貴様は、こんな事を続けてきたのか」
しかし、皺は深く刻まれたまま。
「こんな事って、結構大事な役目だと思ってたんですけど…」
ジャックに向き直る。
今まで何度も血英を修復してきた。
多少の痛みは伴うが、吸血鬼は不死の存在であるし、再生力を使えば先程のように一瞬で治る。
仲間達の嬉しそうな顔を見れば、痛みなど些細なことはどうでも良くなっていった。
「…貴様に何の得がある」
「得…というか、皆の大事な記憶なんです。還してあげたいじゃないですか」
「…貴様自身が得るものを聞いている」
話は全く平行線。
感情論は受け付けないとでも言わんばかりだ。
「……一応、錬血は増えます」
「それだけか」
血英を取り込むのでその血に応じた錬血は得ることができる。
かといえ、これは個人的にはただの副次産物に過ぎない。
「それだけでは、ありませんが…」
言葉を濁す。
先程からの様子を見るに、伝えたとしても納得はしないであろう。
沈黙が落ちる。
互いに一歩も動かず、視線も逸らさず。
そうして無言で主張をぶつけ合ったあと、先に視線を逸らしたのはジャックだった。
「……辞めろと言っても、貴様は聞かないのだろう」
溜息と共に吐き出された言葉。
それを小さく肯定する。
「ならば、痛がれ。自分の感情を殺すな」
主張のぶつかり合いから歩み寄った先はこれであった。
そうしたら、どうなる。
優しい皆のことだ。
手に取るように分かる。
「ですがッ」
「貴様の言う仲間は、一人に負担を敷いて喜ぶような連中か?」
その言い回しに、閉口した。
否定するしか、ないじゃないか。
「 …違い、ます。しかし、度々そんな思いをさせるのは…」
記憶を失って、訳も分からないまま捕らえられて、この世界の残酷さを見せられて、そんな時に手を差し伸べてくれたのがルイを始めとする仲間達だ。
そんな彼らに恩返しがしたかった。
その中で運良く自分に出来る事を見つけたのだ。
血英一つを修復するだけでも、痛みは伴う。
血英を掴んだ手はいつも血だらけだ。
ただそれが彼らが求めていたものなら。
少し怪我をしただけでも心配してくる彼らのことだ。
これ以上の気苦労は増やしたくなかった。
「貴様の言葉、そのまま返してやろう。俺が抱いている感情だ」
息がつまる。
視線も徐々に下がっていった。
溜息の音が、聞こえる。
「…理解したか?」
「………申し訳、ありません」
絞り出した声。
「…善処は、します」
まだ不満そうなジャックに、視線は向けられなかった。



[ 11/14 ]

[*prev] [next#]
[目次]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -