14話「外に出よう」
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名前がひとまずコーヒーとプリンに夢中になっている頃、義勇は胡蝶姉妹によってスタッフルームに引き摺り込まれた。
「冨岡さん、あなた本当にどうしちゃったんですか?名前さんに忘れられて頭がおかしくなっちゃったんですか?」
「しのぶ、そんな酷いこと言ってはいけないわ。本当にそうだとしたらきっと自覚はないものよ。私たちが上手い具合に説得して心療内科に連れて行くのがいいわ」
「おい、俺は正気だ」
「正気だったら名前さんに雪かきしろなんて言わないと思いますけど?」
今年は例年より遅れながらも昔のようによく雪が降る年となった。
外は晴れているが、早朝から午前中にかけて降った雪が積もったままだ。
雪かきをしようにも手が離せなかった。
ピンポーン、と呼び鈴がなる。
「仕方ないわ、戻りましょうしのぶ」
「そうね……」
胡蝶姉妹が慌てて戻ったあと、義勇はやりかけていた仕事を終わらせ、錆兎に断りを入れてカフェへ戻った。
ちょうどよく名前が会計を済ませ、義勇を探してキョロキョロとしていた。
「こっちだ」
「あ!冨岡さん。雪かき、すればいいんですか?」
「ああ。俺もする」
「2人でするんですね」
外に出て、あらかじめ用意しておいたスコップを名前に渡した。
もちろん軽い方を名前に、自分は重い方を。
名前は不慣れなのか動きが鈍い。
「…普段、しないのか」
「しません。今住んでいるアパートは積もったら大家さんが業者の方を呼ぶし…、なによりここら辺、こんなに雪が降るのは珍しくないですか?」
「……そうだな」
よいしょ、よいしょ、と必死にスコップを動かす名前。
どこにでもいる普通の女の子だった。
そうだ、今の名前は昔の名前とはまた違う。
記憶もないし、生まれ育った環境も違う。
過去と同じ人間になるはずなどないのだ。
義勇は手を止め、名前を見つめた。
「冨岡さん?」
「名前」
「は、はい」
「今の、おまえのことをもっと知りたい」
「え?」
「俺は名前を知りたい」
「……え」
名前の顔がどんどん赤くなる。
耳は今にも湯気が出そうなほどだ。
「ど、どういう…意味ですか」
「そのままだ」
「そ…」
「これからも、俺と会ってくれないか」
「あ、あの…はい」
あの頃の名前ではなく、今の名前を知りたい。
そして、いつかあの頃のように…。
目の前にいる愛おしいと思える存在を見て、義勇はそう心に決めるのだった。