10話「好きな食べ物は変わらない」
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名前と話し終えるとちょうど昼の12時になっていた。
次の客との打ち合わせは13時半からだという。
「実は今まで錆兎さんと打ち合わせしたあとは2人でランチしてたんですよ」
「…は」
帰ろうとする名前が「今日は1人だからハンバーガーにしようかな」などと独り言を漏らしている。
知らなかった。
錆兎が名前と一緒に食事をしていたなんて。
たしかに自分は名前に会うことはあまりないが、ここ最近錆兎は名前とよく会っている。
もちろんそれは仕事の打ち合わせだ。
開店が間近なのだから仕方ない。
「…」
そう自分に言い聞かせる。
しかしどうしようもなく錆兎に怒りたい気持ちになってしまう。
なぜ自分に黙っていたのか。
もしかしたら最近兎も名前のことが……?
すでに玄関の扉に手をかけようとしている名前の肩を掴んだ。
とっさのことに名前は驚いて振り返る。
「えっと…?」
「……おごるから、来い」
「…ランチ、ですか?」
「そうだ」
意外にも名前は嫌がらなかった。
ふふふと笑って素直に義勇についてくる。
一緒に向かったのはゲストハウス近くのラーメン屋だった。
女性とのランチでどんな店を選べばいいのか。
義勇には分からない。
「ここ、よく来るんですか?」
「ああ。うまい」
「何ラーメンがオススメですか?」
「…塩ラーメン」
メニューを広げうきうきしている名前。
昔、彼女は柚子が好きだったはずだ。
よく料理に使って、皮は乾燥させて風呂に浮かべていた。
塩ラーメンは柚味噌が付いてくることを義勇は知っている。
手を上げれば近くにいた店員がやってきた。
「じゃあ私、塩ラーメンで」
「…味噌ラーメン大盛り」
「かしこまりました」
店員が去ってから名前は首を傾げる。
「冨岡さん、私に塩ラーメンおすすめしておいて味噌ラーメンなんですか?」
「ああ」
「…味噌が好きなんですね。冨岡さん」
「きっとおまえは塩ラーメンを気にいると思う」
名前はきょとんとして、それでも義勇の言葉にクスリと笑った。
(自分の好みを押し付けず、私のことを考えて発言してくれたのかな…)
なんとも珍しい人種だな、と名前は思う。
最初の印象は最悪だったが、意外と彼は変な人ではなかった。
たしかに普通の人とは違う。
それでも「ああ、こういう人なんだな」と納得している自分がいた。