第二十九話
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「名前さん!!大丈夫か!」
「い、たい。けど多分大丈夫…」
無事に鬼の首を杏寿郎くんが切ってくれたのは良いが、毒針を右腕に受けてしまった。不甲斐ない。
すぐに杏寿郎くんは私の元へ駆けつけ、雨で濡れている地面に膝を付いた。私と違って何も汚れていなかったのに、私のせいで隊服を汚すことになるとは。
彼は毒針の刺さった方の腕をそっと持ち上げた。
「大丈夫ではないだろう!」
「すぐ抜いたから…」
「見せてみろ!」
「っ」
毒に侵されて意識が朦朧とし始めた私は彼に何をされても抵抗が出来ない。だから突然、隊服のボタンに手をかけられても「え」とか「う」とか、赤子のような声しか出せなかった。
杏寿郎くんは素早く私の隊服と、中に着ていたシャツを丁寧に脱がせた。胸にさらしを巻いていて助かったと、今日ほど思ったことはない。
戦闘中に胸が揺れて動くのが邪魔で、隊服を着ている日はさらしを巻いていたのだ。
毒針の刺さった場所は気味の悪い紫色に変わっていた。杏寿郎くんは優しく患部をハンカチで拭いてくれた。いつもハンカチを持ち歩いているのだろうか。さすが育ちの良い彼は違うな、とトンチンカンな事を考えてしまった。
「痛むかもしれないが、我慢してくれ」
「…え?」
おもむろに彼は傷口に口づけした。
突然の事に心臓がヒュッとなる。
じゅるりといやらしい音がして、その瞬間に痛みが走った。彼が毒を吸い出してくれているのだ。
「あ…」
私の血を吸って、彼はそれを外へ吐き出す。それを繰り返した。
痛みと、彼の熱く柔らかい唇の感触に身体中が燃えるもうだった。クラクラした。
これが毒のせいなのか興奮のせいなのか分からない。けれど何だか変な気分になってしまいそうだった。
「きょ、…つ、駄目…」
「毒が体内に残っていれば死んでしまうぞ」
彼は至って冷静だった。
ある程度の血を吸い出すとまたその傷口をハンカチで拭いて、そのまま腕に巻いてくれた。
そしてワイシャツと上着を肩にかけるようにしてくれた。
「すぐに藤の花の家に連れて行く。要には医者を呼ぶように指示してある。すぐに来てくれるから安心しろ」
「……うん…」
ふわりと体が浮いたと思えば、杏寿郎くんが私を軽々横抱きして立ち上がった。重いよ、と言いたかったがぼんやりする意識ではそんな言葉は口に出来ず、力を振り絞ったが、ただ「あ、んん…」と自分でも驚く程いやらしい声を出してしまった。
「…痛かったか?大丈夫か?」
もう言葉を発するのは諦めよう。そう思って首を横に振って目を閉じる。息が荒くなってきた。やはり完全に毒を吸いきれなかったのか。
「名前!」
杏寿郎くんの声が聞こえる。けれど、やはり返事をすることが出来ない。
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