第二十話

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ベッドに潜り込み、乱れた呼吸を整えていると扉の方から足音がして杏寿郎くんの声が聞こえた。

「名前さん、煉獄杏寿郎です。入っても良いですか」

病室だからだろうか。声が抑えめだ。
ちゃんと名乗っているのもそうだし、わざわざ入って良いかと声をかける辺りが彼らしくなくて笑ってしまった。

「はい。大丈夫ですよ。どうぞ」

だからあえて大きな声で告げると、私の声とは対照的に静かに扉が開く。杏寿郎くんがいつも通り溌剌とした笑顔を見せた。

「思っていたより元気そうで安心しました!」
「実は今日から体を動かそうと思っていたところなんです。この通り、元気になりましたよ」

両手を広げてぱたぱた動かすと、杏寿郎くんは目を細めて静かに笑った。
こんなにも大人っぽい人だっただろうか?
胸の鼓動が早まる。


杏寿郎くんをベッド脇の椅子に座るように促すと、素直にそこに腰を下ろした。忙しいだろうか?とも思ったが、久しぶりに会えたせっかくの機会を逃したくはなかった。

「杏寿郎くんは怪我はないんですか?」
「はい。無傷です」
「流石ですね。本当に…、そうだ、もう私より階級は上ですし、敬語じゃなくても良いんですよ?」
「…そんな訳にはいきません。貴女は俺の先輩だ。それはいつまでも変わらない」
「うーん、でも…」

自分の中で既に杏寿郎くんは炎柱のようなものだ。代理なんて私では務まらない。
きっとみんな何も言わないけれど、内心そう思ってるに違いない。


病室の窓に杏寿郎くんの鴉が止まった。
私の鴉は自由気ままなやつだから、どこかへ散歩に行ってしまったというのに、要はいい子だ。どこまでもお供するんだろう。

「今日は雲一つないですねえ…」
「……!、名前さん」
「え?」

私がぼんやり空を眺めていると、杏寿郎くんが驚いたような声で私を呼んだ。
私も驚いて彼の方へ視線を向ける。
彼の視線の先は、ベッド脇にある天板が丸い小さなテーブル。
そこを彼は目をまんまるにして見つめていた。

「…名前さん、これは、」
「え?あっ」

なんだろう?と思ってそちらを私も見つめた時、杏寿郎くんが何を見て驚いているのかすぐに分かった。
昔、一緒に浅草へ行った時に杏寿郎くんが私に贈ってくれた櫛と巾着がそこにはあった。

鏡と口紅と、水の入ったコップ。
そして椿柄の巾着の上に置かれた綺麗な櫛。
椿は私の好きな花だ。


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