第十六話
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「独り立ち、しようと思うんです…」
私がそう言うと、杏寿郎くんは一瞬とても悲しそうな顔をした。瞳が潤んだと思ったのは私の都合の良い勘違いかもしれない。
「いきなりどうしたんですか、名前さん」
煉獄家の客間。机を挟んで二人。
私たちは向かい合っていた。
机の上には、先程千寿郎くんが淹れてくれたお茶が置いてある。自然と湯気に視線を落とし、そしてまた杏寿郎くんを見た。
「理由はたくさんあります。杏寿郎くんの足手纏いになりたくない、のと、もう私たちは階級も並んでしまった。私はいつまでも一人で戦えない自分が情けなくて仕方ありません。強く、なりたいんです」
「それだけですか」
「それに蜜璃ちゃんの師範になった貴方を、私の任務に付き合わせる訳にはいかないからです」
「…名前さんは一人で大丈夫なのですか」
「一人でも大丈夫になるために、独り立ちしたいんです」
「…貴女が決めたことなら俺は構いません」
「……ありがとうございます」
いつも通り、杏寿郎くんは端正な顔をキリリと引き締めていた。笑ったりはしなかった。
「応援しています!」くらい、言ってくれると思っていたのに…
「今までありがとうございました」
こうして杏寿郎くんと共にする時間はあっという間に終わりを告げることになった。
これ以上ここにいると情緒不安定になりそうだ。早く帰ろう。
そう思って門をくぐった時だった。
今まで玄関先で千寿郎くんと佇み、見送っていたはずの杏寿郎くんが私の腕を掴んだ。
「…送ります」
「え、でも、昼間だし大丈夫です」
「これで名前さんに会えるのが最後かもしれない」
そうだった。
私たちは鬼殺隊の隊士。
明日死ぬかもしれない。いや、もしかしたら今日死ぬかもしれない。
私は生きて帰れないかもしれないんだ。
涙が溢れそうになって、必死に堪えた。
そうすると杏寿郎くんは少し目を見開き驚いたけれど、今度は確かに悲しそうな顔をした。
「泣かせるつもりはなかった」
「すみません…。そうですよね、私たち、また今度会える確証もないですもんね」
「…俺は必ず生き残り、炎柱になります」
「…杏寿郎くんなら絶対になれます」
「その時まで、必ず名前さんも生き残ってください。俺の元から離れてしまっても…」
杏寿郎くんから目が離せなかった。
真剣な彼の顔に、咄嗟に「あぁ、私は杏寿郎くんのことがずっと好きだったんだ」と気が付いた。
気づかないふりをしていたけれど、私はもうずっと前から彼に恋をしていたんだと思う。
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