49 先生と私B
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襖を開けると何故か先生、いや、杏寿郎さんが宇髄先生に土下座していたっぽい現場が目の前に広がっていた。
数年ぶりの再会なのに、宇髄先生はちっとも変わってないし、私のことを誰なのかいまいち分かっていないのか、ぽかんとしている。
「…お、おまえ、苗字、名前か?」
あ、分かってたっぽい。
ただ突然の私の登場にびっくりしただけらしい。
空いていた杏寿郎さんの隣に座って店員さんを呼んで、私も飲み物を注文する。
その間、2人は私をバケモノでも見るような顔をしてずっと目で追っている。
「杏寿郎さん、毎回毎回仕事終わりにどこか寄る時は詳細を教えてくれるじゃん。だから今日も宇髄先生とここで19時から飲むって知ってたから。来ちゃった」
「何が来ちゃった、だ。何しに来たんだ」
「杏寿郎さんが宇髄先生に変な話し方して、私たちの関係が誤解されて広まったら嫌だなと思ってさ」
目の前に置かれていた枝豆を口の中に放り込む。
塩加減がちょうどいい。
「なぁ、煉獄の結婚相手って、苗字名前なのかよ」
「そうだ…」
「そうだよっ」
杏寿郎さんと私のテンションの違いが面白い。
彼はすごく世間体みたいなのを気にしてるみたいだけど、私は別になんとも思っていない。
いや、杏寿郎さんも世間体を気にしているから乗り気じゃない、という訳ではなく。
私が周りから何を言われるか分からないから、私が傷つくんじゃないかと心配しているのだ。
私はもうキメツ学園とは関係ないし。
ちゃんと夢であった花屋で働いている。
最近の悩みは手荒れが気になるから付け始めた薬用のハンドクリームがいい匂いじゃないこと。
どうでもいいけれど。
だからそんなに気にすることないのに。
杏寿郎さんとちゃんと付き合ってから分かったが、彼は割と束縛するタイプだしかなりの心配性だ。
私に対しては。
「てか、6年?付き合ってたって…。おまえら学校で全然そんな素振り見せなかったじゃねえかよ」
「だってその時は私たち付き合ってなかったし」
「なんだよ煉獄。一応、生徒には手を出してないんじゃねえかよ」
「いや、違うんだ!宇髄!」
「杏寿郎さん、そこは黙ってて良いじゃん。なんで自分で墓穴掘ろうとするの?」
「おまえら派手に気になるから教えろよ。なんなんだよ」
「宇髄先生、知らなくても良いことってあるじゃないですか。もう過去のことは気にしないでください」
「…苗字、それって……?」
そこでタイミング良く追加で頼んだ冷奴とローストビーフが運ばれてきた。
さっきから杏寿郎さんは全然食べていない。
私の隣でこの状況に焦っているようだ。
目線が食べかけのビビンバから動いていない。