8 先生のアパート初訪問B

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出来上がった参鶏湯を持ってリビングに行くと、先生はソファーの上で毛布をかぶってうとうとしていた。
机の上に食事を用意すると虚だった目が途端に輝き出す。
朝から何も食べてないのかも。

自分の分も運び終え、先生と一緒にテーブルを囲んだ。
「いただきます」としっかりした口調で、手を合わせて先生は頭を下げた。
高そうな木のスプーンで大きなひとくち。
それからは吸い込まれるように先生の口に入っていく参鶏湯。

慌ててごはんを食べる子犬とか子猫に似てる。
ぼーっと眺めていたら「食わないのか」と先生が私の方の皿をチラッとみる。

「食べますよ。いただきます」

我ながら上手に出来たと思う。
やっぱり好きな人のために作る料理はいつもと違う。
なんか優しい味がする気がする。
自分で言うのもなんだけど。


「先生、足りなかった?ごめんね?バナナもあるよ。あとヨーグルトとか」

キッチンとリビングが繋がってると便利だ。
先生の食べっぷりを見てすぐにキッチンから買ってきたものを机の上に置いた。

あんなにたくさん作った(ラーメンのどんぶり一杯分)参鶏湯があと三口くらいで終わりそうだし。
先生はバナナを剥いて食べ始める。
可愛い。
これでブサイクだったら「ゴリラみたいだね〜」なんてからかえるけど、生憎先生は美しい。
何を食べても美しいのだ。


「先生、おいしかった?」
「美味かった!」

食後に市販の薬を飲んで、満足そうに笑って先生はまたソファーに寝転んだ。
笑ってる…。
私のことを彼女と勘違いしてないよね?
熱でおかしくなったりしてないかな?


「苗字、悪いな」
「えっ?」
「いや、おかゆも、色んな買い物をして来てくれたことも」

あれはおかゆじゃなくて参鶏湯だよ。

「気にしないで!先生に借りを作るためにしたことだから。本当に私って運がいいですよね。なんか申し訳なくなるくらい」
「……俺は君が苦手だ」

おや?
「嫌い」から「苦手」に変わっている。

「君みたいな生徒は初めてで、どう対処したら良いのか分からないんだ」
「はあ」
「こうして自分が弱って、誰かに助けてもらいたい時に現れるなんて君はズルいぞ」
「狙ってましたから。こうなるチャンスを」
「ははっ」


先生は仰向けに寝転んだまま両手で顔を覆って大きなため息をついた。

「君は強情だな。もうどうしたら良いのか分からん」
「結婚してくれたら良いと思う」
「……暴言を吐きそうになるから発言には注意してくれ」
「私になら暴言吐いたって良いけど」
「……はあ」


少しの沈黙の後「少し寝る」と言って先生はしゃべらなくなった。
そして聞こえてくる寝息を確認して、食器を洗い、部屋を一通り詮索する。
すごく綺麗だ。
まるでドラマに出てくるアパートの一室のように片付けられているが、ベッドだけは起きた時のままなのか布団がぐちゃぐちゃに乱れていた。
私はベッドだけはいつも綺麗にしておきたいというこだわりがあるから、勝手に整頓してあげる。
このベッドで先生と彼女が寝てると思うと、悲しくなってくる。




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