-62 吉日

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杏寿郎さんが目覚めて1ヶ月が経つ。
やっと上半身を自らの力で起こせるようになって来た。
歩けるようになるまでは蝶屋敷で治療を続けてもらうつもりで、私は以前同様に週に2、3度足を運ぶことにしている。

千寿郎君も、まさかのお義父様も見舞いに何度か訪れた。
杏寿郎さんはお義父様が来たことにとても驚いていたけれど、二人きりで色々と話をしたようだ。
少しずつ変わって来ている。


変わりゆく景色に杏寿郎さんがいることに安堵する。
一緒に列車に乗り、戦ってくれた3人の少年たちもいち早く元気になって病室に顔を出してくれた。

他にも甘露寺さんと、蛇を連れた黒髪の小柄な男性、何度か屋敷に顔を出していた剣士や隠の者たち。
入れ替わり立ち替わり、たくさんの人が来てくれた。
きっと杏寿郎さんはみんなに好かれていたのだろう。

とても嬉しく思う反面、杏寿郎さんは私がいる時に来客が来ると少し嫌そうにしているのが不思議だ。
それとなく胡蝶さんに相談したら、
「煉獄さんは今までずっと周りに名前さんのことを隠していたんですよ。それが無駄になってしまいましたからね」と笑った。

「なぜですか?」
「隠しておきたいほど、あなたのことを大切に思っていたんでしょう」
「そ、そうなのですか…?」


私の想いが伝わってから杏寿郎さんは前にも増して私を頼ってくる。
最初はなんだか気恥ずかしくてどうしたら良いのか分からなかったが、ようやく慣れて来た。


「名前、今日は泊まっていけばいいだろう」
「帰りますよ。次は干し芋を持って来ますからね」
「むう…」

残念そうな顔をする杏寿郎さんを見て胸が痛む。
けれどこうして「泊まっていけ」と言うのは毎回のこと。
ここはたくさんの人がいるから寂しくはないだろうに。

「早く煉獄家に帰りたい」
「そうですね。まだまだ、まずはベッドから自力で出れるようになったらですからね」
「来月には…!」
「無理しないでください。まだ時間はたくさんあるんですから」
「……そうだな」

杏寿郎さんは正式に柱を引退した。
これからはたくさんの時間が私たちに残っている。
鬼殺隊ではなくなってしまうことに対して杏寿郎さんは未だに悩みがあるらしい。
けれどお義父様が「認めてくれた」と喜んでいた。
だからきっと大丈夫。
屋敷で家族4人、助け合って生きていこう。
そう思う。


「名前」
「?」
「愛してる」
「な、なんですか突然」
「別にいつ言ってもいいだろう」
「そ、う、ですけど…」
「名前は言ってくれないのか」
「もう……愛してます、杏寿郎さん」

さようならの挨拶に、私から口付けする。
嬉しそうに目を閉じる杏寿郎さん。
まるで大きな犬みたいだ。


「うむ。早く君を抱くためにも、明日も機能回復治療を頑張ろう!」
「馬鹿言わないでくださいっ!!!」


今日も杏寿郎さんは元気に笑っている。




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