-61 回生
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起きなくては。
そう強く思った。
名前が泣いている。
名前が俺を呼んでいる。
それだけは分かっていた。
「……名前」
掠れた声でやっと呼べた彼女の名前。
すぐ近くで、俺の顔を覗き込む名前が見えた。
やはり泣いていた。
「…杏寿郎さん?」
「……俺は、生きている、のか」
「杏寿郎さんっ」
がばりと俺に覆い被さって、名前は大声をあげて泣いてしまった。
俺は生きているのか?
そしてなぜ名前はここにいる。
手紙を読まなかったのだろうか。
ぽかぽかと俺の胸を弱い力で殴る名前。
身体中が燃えるように痛かった。
「杏寿郎さんっ、私、私と小宮山さんのこと、知ってたなんて、私、思ってなくて……」
やはり手紙を読んでくれたのか。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私、貴方に全然自分の気持ちを伝えてなかった…!伝わっていると勝手に勘違いして……貴方に、全然、愛していると伝えていなかった…ごめんなさい……!」
「……名前」
名前がぎゅっと俺の胸元の衣を握りしめる。
彼女の涙だろうか、顔を埋めている辺りがじわりとあたたかく濡れていく。
顔を上げた名前は見たことがないくらいに顔をぐちゃぐちゃにして泣いている。
「杏寿郎さん、私、この世で貴方が一番好きなんです。好き、大好きです。心から、愛しています。だから、私の側にずっとずっといてください……」
「名前、俺は…」
「お願い、そばにいて……杏寿郎さんっ…」
震える彼女を今すぐに抱きしめたかった。
身体の痛みはもう何も感じられない。
代わりに胸が痛いほどに締め付けられる。
「名前、愛してる……俺を選んでくれて、ありがとう。もう、絶対に離そうとしない」
「…杏寿郎さん……!」
自分でも驚くほど力が出なかった。
やっとのことで動かした腕。
張り裂けそうな内臓の痛みを堪えて名前の肩を抱いた。
すると急に胸の辺りがあたたかくなる。
そうだ。
名前を抱きしめる時に感じるこの感覚。
何もかも忘れてしまいそうになるくらいに感じる幸福感。
名前の匂いも、名前の声も、全てが俺を包み込む。
「すまない、名前。心配をかけた…」
「本当に、心配しました」
「ははっ。…笑わせるな。腹が痛い」
「!杏寿郎さん、貴方、お腹に穴があいているんですよ!安静にしてください!!」
名前はさっと顔色を変え、俺の腕を優しくベッドへ戻すと颯爽と部屋を出て行ってしまった。
ここは見覚えのある天井だ。
蝶屋敷だろう。
それにしても身体が痛い。
俺は今どうなってしまったんだ。
これで戦えるのか。
…いや、生きていただけでもありがたい。
そうこうしている内に、名前が胡蝶を連れて戻って来た。
頼もしい嫁だな、とまた笑ってしまいそうになった。