-51 清閑

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微かに感じた、頬を撫でるような感覚。
左側。誰かいるの?
ゆっくりと瞼を開けると杏寿郎さんが枕元に座って私の顔を覗き込んでいた。
彼の大きな目がぱちりと瞬きした。

起きあがろうとする私を杏寿郎さんは目で制止する。
これは夢?と思うほどに意識が朦朧としていた。
そのまま杏寿郎さんの方を向く形で横になる。


「ん、すみません…帰ってきたんですね」
「いや。起こしてすまない。少しだけ、時間が空いたから戻っただけだ」
「…では、もう、行かれるんですか?」
「ああ。明日、例の列車に乗る」

最近忙しそうにしていた例の列車事件。
何人もの鬼殺隊の関係者が行方不明になっているらしく、柱である杏寿郎さんが赴くことになった。
いよいよ明日なのか。
そして今は何時なんだろう。
月明かりでほのかに杏寿郎さんの顔が確認できる。
まだ深夜のようだ。


「気をつけていってらっしゃい」
「ありがとう。必ず戻る」
「はい。ずっと待ってますからね」

杏寿郎さんは困ったように笑った。

「名前はいつまでも真面目だな」
「…そうですか?」
「今すぐ抱きたいと言ったら怒るだろう」
「杏寿郎さん、すぐに任務に行かれるのでしょう?無駄に体力を消費するのはいけませんよ」
「ははは。つれないな」

また杏寿郎さんは私の頬を人差し指でゆっくり撫でる。
そうされると眠くなる。
せっかく覚醒してきたのに、またうとうとし出す。

大きくて筋ばった彼の手が好きだ。
頼りになるし、落ち着く。

杏寿郎さんの手を両手で包んで、そっと自分の唇に寄せた。
手の甲に口づけする。
愛おしくてたまらない。


「名前、煽るな」
「煽ってなんていません」

杏寿郎さんの空いている手がゆっくりと私の胸を揉みしだく。

「やめてください。だめ…」
「名前が悪い」
「もう…」

ぺしりと手の甲を叩くと、くつくつと喉を鳴らして静かに彼は笑う。
いつも大きい声を出してばかりなのに、こんな時ばっかり。


「行ってくる」
「いってらっしゃい」

杏寿郎さんはゆっくりと立ち上がり、背を向けて出て行ってしまった。
ああ、布団から出てお見送りするべきだったな。
なんて後悔しつつ寝返りを打つ。

次はいつ帰って来るのだろう。
待ち遠しい。




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