-52 波立

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杏寿郎さんの鴉が空から舞い降りて、報告した言葉を聞いて箒をその場に落とした。
隣で一緒に掃除を手伝ってくれていた千寿郎君は、ちりとりをぎゅっと握りしめて涙を流した。


「カァ!煉獄杏寿郎、無限列車ニテ、上弦の参ト交戦シ瀕死!!蝶屋敷デ治療中!!」

ひんし、瀕死……。
頭の中で言葉を繰り返す。
杏寿郎さん、あんなに、いつも通りだった。
次はいつ帰るのだろうかと心待ちにしていた。

震える私とは反対に千寿郎君は涙を拭い、きりりと眉を上げて箒を拾ってくれた。

「姉上、とにかく今は、蝶屋敷へ向かいましょう」
「はい…」

掃除道具を慌てて片付け、身支度をしているとお義父様が部屋の襖を乱暴に開けた。
そして勢いよくこちらに向かって酒瓶を投げたのだ。
一瞬だった。

投げられた瓶は私と千寿郎君の頭上を掠めて壁にぶつかり、大きな音を立てて粉々になる。
破片は私たちへと容赦なく落ちてきた。
驚き、呆気に取られる。
震えて動けない千寿郎君の頭を抱いて、その場でしゃがみ込んだ。

「お、お義父様…何を…」
「杏寿郎など、どうせ死ぬ!わざわざ行く必要もないだろう!何を慌てて身支度などしている!放っておけ!才能もないのに鬼殺隊になど入るから…!」
「父上、そんなっ」
「黙れ!」

お義父様が鬼のような形相で千寿郎君に向かって腕を振りかざした。
そういえば昨日からずっと煽るように酒を飲んでいたことを思い出す。
呂律も回らず、虚な目をしたお義父様を見てゾッとした。

「やめてください!!」

立ち上がり、両手を広げて千寿郎君を守るように前に出た。
真っ直ぐにお義父様の目を見て。

「……るか」
「…え?」

振り上げた手はそのままだらりと落とされ、私に当たることはなかった。
そして2、3歩後ろへよろけて尻餅をつくように倒れてしまった。
すかさず千寿郎君が私をすり抜けてお義父様へ駆け寄る。

「父上!しっかりしてください!」

そのまま意識を失ってしまったようで、お義父様は動かない。
とりあえず、千寿郎君と共に無我夢中でお義父様を布団に寝かせた。
医者を呼ばなくてはいけない。
でも杏寿郎さんの元へも行かなくてはならない。

どうしよう、どうしよう。
先ほどから頭が混乱して何もうまく考えられなかった。
焦れば焦るほど、頭が真っ白になってしまう。

「姉上!」
「っ、千寿郎君…」
「父上のことは俺に任せてください。姉上は蝶屋敷へ」
「でも…」
「俺は平気です」
「千寿郎君…」

彼の今の目は、まるで杏寿郎さんのように燃えていた。
これから医者も到着するだろうし、ここは大人しく千寿郎君に任せても良いかもしれない。

「分かりました。行ってきます」
「姉上、お気をつけて…」
「千寿郎君も…」

お互いに泣きそうなのを必死に堪えた。
今ここで泣いたらいけない。
今、私たちは…。
この煉獄家を守れるのは私たちしかいないのだから。




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