-46 羨望

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杏寿郎さんと甘露寺さんには私が入り込めないような、2人だけの空気がある。それはもちろん同じ鬼殺隊として、共に命をかけて戦って来たからだ。
分かっている。
分かっているのにどうしようもなく激しい嫉妬に苛まれる。

甘露寺さんは杏寿郎さんと同じくらいご飯を平らげたし、同じくらい「美味しい!」と言った。
その光景を見てはしゃぐ千寿郎君。
自分の御膳の上に乗っている魚をただ眺めた。
今すぐに魚になりたいとさえ思った。


「片付けは私にお任せください。どうぞみなさん稽古に励んでくださいね。あとでお菓子を持っていきますから」

甘露寺さんが久しぶりに稽古をつけて欲しいと志願したため、午前中は千寿郎君も含めて道場の方へ向かった。
そんな3人を見送り、台所で1人せっせと片付けをする。
こうして1人で仕事をしていると気が紛れていい。
自分勝手なこの嫉妬心を、絶対に人に知られたくはない。


「名前」
「っ、びっくりしました」

いつの間にか後ろに稽古着姿の杏寿郎さんが立っていた。
ほんのりと汗ばんで髪が首筋に張り付いている。
情事の際の彼を思い出してしまい、目を逸らした。
これを甘露寺さんも見ているんだと思ったら泣きたくなった。


「何をさっきから怒っているんだ」
「…それを言いにわざわざ来たんですか?」
「あまりにも君が来ないから迎えに来た」
「そんなに早くお菓子は用意できませんから。戻って待っててください」
「待てない」
「なぜですか」
「名前が怒ってるからだ」
「怒ってません」
「怒ってる」

杏寿郎さんの瞳は怒りでギラギラとしている。
なんで私が怒られなきゃいけないの。
なんで杏寿郎さんが私に怒ってるの?
嫌われたの?

「…杏寿郎さん」
「なんだ」
「本当にちゃんとあとで皆さんの所へ行きます。だから戻ってください」
「……分かった」

今彼の顔を見たら涙を我慢できない。
だから見なかった。


ぜんざいを作ろう。
そう思い立って小豆を茹でていると、また背後に気配があった。
千寿郎君が来てくれたのかと期待を込めて振り返ると、そこには甘露寺さんが立っていた。

「あの〜、私もお手伝いできること、ある?」
「そんな!申し訳ないです」
「煉獄さんが手伝ってやれって。名前さん、愛されてるのねっ」
「……えっと、ぜんざいを作るんです。甘露寺さん、おもちを焼いてもらっていいでしょうか」
「もちろんよ!」


甘露寺さんと2人でいる時は妬む気持ちは起きない。
むしろ同い年ということもあって仲良くしたいと思える。
だからこそ、先ほどからの自分の醜い感情が嫌で仕方なかった。

「…甘露寺さん、ごめんなさい。私、さっきから冷たかったですよね」
「え?そんなことないよ?どうして?」

彼女は無垢な瞳で、心配そうに私を見た。

「私、貴女が杏寿郎さんと一緒にいるとつい嫉妬してしまうんです。別に甘露寺さんのことが嫌いな訳じゃないの。むしろ仲良くなりたい…自分でもどうして良いのか分からないの…ごめんなさい」

甘露寺さんは大きな目を更にまん丸にした。

「そんなの!当たり前よ!嫉妬するのは当たり前!だって名前さん、煉獄さんのことが好きなんでしょう?」
「……はい」
「私の方こそごめんなさい…。当たり前なのに、全然気づいてなくて。名前さんが苦しい思いしてること…」
「ち、違うんです!甘露寺さんは何も悪くなくて!」
「名前さんも何も悪くないわ。恋ってそういうものだもの」
「……恋、」
「そうよ。だから大丈夫!私も、気をつけるわ。もちろん煉獄さんに対してきゅんきゅんすることはあるけど、それは師範として…先輩としてよ。だけど、煉獄さんには素敵な奥様がいること、忘れないようにするわ」
「ごめんなさい、甘露寺さん。…貴女みたいに強くなりたいです」

甘露寺さんは無言で私を抱きしめてくれた。
ふんわりといい香りがして、彼女の腕の中で少しだけ泣いた。



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