-45 嫉妬

.

多大な迷惑をかけてしまった冬が過ぎて、やっと桜の咲く季節が訪れた。
まだ寒い日は多いが私は予想通り元気になった。
やっぱり雨の降る朝は少しつらいけれど。


杏寿郎さんは今まで通り忙しそうな毎日だ。
だが日に日に怪我をして帰ってくる回数は減っている。
それだけ彼は強くなっているのだと思う。
お義父様は相変わらずだが、前よりは私と話してくれる。


「千寿郎君、まだ杏寿郎さんは帰らないですか?」
「はい。どうしたんでしょう…」

手紙には明日の朝に帰るから食事を用意して欲しいと書いてあったのに、なかなか来ない。
そろそろお義父様が起きてくると言うのに。

「もう少しして帰らなかったら先にいただきましょうか…。お義父様を待たせるわけにも行きませんし」
「そうですよね。
…姉上、俺少し外に出て来ます!もしかしたら近くまで来てるかもしれないですし」
「分かりました。いってらっしゃい」


それからしばらくすると、なんだか外からわいわいと騒がしい声が聞こえて来た。
門まで出て目を見開く。
見覚えのある珍しい髪色が見えたからだ。

「姉上!兄上が蜜璃さんを連れて来てくれました!」
「名前!ただいま!すまん、甘露寺の朝餉も用意できるか?少し遅れてもかまわん」
「お久しぶり!名前さん!あの、ごめんなさい、突然お邪魔して…」

甘露寺さんはあの頃よりも少し大人っぽくなっている気がする。
いや、立派になったと言うのだろうか。
杏寿郎さんと千寿郎君の間で恥ずかしそうに笑う彼女は、やはり私を焦らせる。


「甘露寺が柱になったんだ!元継子が同じ立場まで立派に成長すると、なんだか感慨深い」
「お祝いに何かご馳走を出したいのですが、あいにく今は何もなくて…」
「いや、連絡もせず連れてきてしまって悪かった」

私が台所で甘露寺さんの食事を急いで用意していると、杏寿郎さんは申し訳なさそうに眉を下げて現れた。
そんな顔されてしまえば何も言えなくなる。
最初から何か文句を言うつもりもないが、今は少しだけ彼と話したくなかった。

「杏寿郎さんもみなさんとお座敷の方で待っていてください。すぐにご用意できますから」
「むぅ、冷たいな」

杏寿郎さんは私の後ろにぴたりとくっついて、うなじに顔を埋めた。
くすぐったくて首を横に振ると「ははっ」と嬉しそうに笑う。
そういう笑い方も、私への触れ方も、されるたびに喜んでしまう自分が憎らしい。
さっきからこんなにも彼に苛立っているというのに。


「久しぶりに会えたのに君はどうやら機嫌が悪いらしい」
「お客様が来ていらっしゃるのに貴方と戯れていられる訳がないでしょう?」
「甘露寺だぞ」
「…」

甘露寺さんはもはや家族のような存在であって、お客様ではないという事なんだろうか。
はてな?と言ったような表情の彼を見て、何も聞く気になれずに無視して手元に視線を落とす。
杏寿郎さんは私へのちょっかいが不発に終わり、残念そうに台所から出て行ってしまった。




prev / back / next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -