-38 懐古

.

初めて連れて来て貰った時はもういっぱいいっぱいで、ほとんど記憶にない。今回は2回目だからしっかりと食事だけでなく、店内の雰囲気も味わいたい。

前とは違って一番端の席に案内された。
窓側なので外の景色が見えて楽しい。


「名前はこの店が気に入ったみたいだな」
「…以前来た時は全然落ち着いて周りを見る余裕がなかったので、またゆっくり来たいと思っていたのです」
「ははは!そうだったのか!今日は何にする?」

お品書きをぱらりとめくる。
前回杏寿郎さんが美味しそうに食べていたオムレツライスを選んだ。
杏寿郎さんも前回と同じくオムレツライスとコロッケ、それとソーセージというものを注文した。

料理を待つ間にゆっくりと店内を眺める。
どこかに蓄音機があるらしく、店に似合うおしゃれな音楽が流れている。
ちょうど12時になると部屋の奥にある大きな時計がボーンボーン、と音を立てた。
食欲をそそる香りにお腹が減ってくる。
今日はたくさん食べて精を出さないといけない。

店内には洋服の男女が多い。
杏寿郎さんは高価そうな着物を着こなしていて、店内とはまた違う雰囲気なのに何故か様になっている。
杏寿郎さんと背景を切り取って大きなキャンバスに描きたいくらいだが、生憎私に絵の才能はない。


「そんなに見られると落ち着かないな」
「!すみません。つい」
「ん?なんだ?」
「あまりにも杏寿郎さんが絵になっていたので」
「ははっ。君は面白いことを言うな」
「馬鹿にしてるんですか?」
「違う。可愛らしいと思ったんだ」

そうやって平気で私の胸が高鳴る台詞を言う。
むっとする私を見て杏寿郎さんは声を出さずに笑った。

「前にこの店に来た頃は、まだ名前は屋敷だと借りて来た猫のようだったな。懐かしい」
「そ、そうでした?」
「ああ!それはもう可哀想になるくらいにな!」
「恥ずかしいです…」
「だがここに連れて来た時に君が本当に子どものように無邪気な姿を見せてくれた。それがとても嬉しかった。俺にとってもこの場所は大切な思い出の店だな」


本当に懐かしい。
出会ったばかりの頃を思い出して、それを杏寿郎さんと笑って語り合うと、何だか感慨深くなった。

運ばれて来た料理も2人ですぐに完食してしまった。
最後に2人でアイスクリンという甘くて冷たい洋菓子を分け合って食べた。
杏寿郎さんがせっかくだからと頼んでくれたのだが、後でこっそり値段を確認して驚いた。

家計簿を付けるのは私の仕事だ。
杏寿郎さんからは毎月決まったお金を家に入れてもらっている。
それもかなりの大金なのだが、彼が全部でいくら貰っているのかは実は分からないのだ。
店を出る杏寿郎さんの後ろ姿に思わず両手を合わせて拝んだ。





prev / back / next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -