-22 豁然
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名前を見送り、用意された部屋で胡座をかきながら悶々と考える。
いくらここは彼女の地元で、大切な人との待ち合わせだからといって1人で行かせて良かったのだろうか。
鬼でなくても変質者が出るかもしれない。
しかし、自分は無理に着いてきた身だ。
鴉はちゃんと名前の後をついて行ってるだろうか。
そして何より気がかりなのは相手だ。
一体、名前がここまでして会いたい人物とは誰なのか気になって仕方がない。
宿の従業員が淹れた茶はもう冷めてしまっているし、気晴らしに食べようと思って開けた饅頭は一口だけ食べたのみで机に置かれたままだ。
早く、どうか早く帰ってきてくれ。
そう願うばかりである。
「煉獄様、お客様がいらっしゃいました」
「む、俺にか?」
突然、襖を隔てた先から女将と思われる女性の声が聞こえてきた。
しかも俺に客が来た?
予想外の展開に内心慌てた。
「…名前の姉、苗字裕子と申します」
「名前の姉上?」
鈴のようなか細い声の主は驚くことに名前の姉だと名乗る。
こう襖越しに話していても始まらない。
彼女を部屋に招き入れた。
暗い廊下から顔を覗かせ現れたのは、名前には似ていないが凛とした顔の女性だった。
名前が胡蝶しのぶのような不思議な雰囲気を持つ女性だとすれば、その姉は産屋敷あまね様のような存在感のある女性だ。
「突然のご訪問、大変失礼したします。改めまして、わたくし苗字家の次女、裕子と申します」
ぴっしりと姿勢良く正座をして淡々とした様子は初めて会った時の名前によく似ていた。
自分も自己紹介をすると、彼女は「お話ししたいことがございます」と切り出してきた。
こんな時、良くないことばかり考えてしまう。
大切な人へ会いに行ったとは口実で、実は実家に帰ってしまったとか。
何かの事情があってやっぱり離縁してほしいとか。
「単刀直入に言いますと、名前は本来苗字家の生まれではありません」
「…なに?」
またも予想外の発言に思わず聞き返す。
名前は苗字家の三女と聞いている。
しかし違う?
一体、何が起こっているのだろうか。
まるで妙に現実的な夢を見ているようだ。
「この度のご結婚は苗字家の身勝手による振る舞いであれよあれよと進んでしまいまして、大変申し訳なく思っているのです。なぜこうなってしまったのか、当事者である煉獄杏寿郎様にちゃんとお話しするべきだと思いたち、伺った次第です」
「待ってくれ、俺と名前の結婚と、名前が苗字家の生まれでないことに関係があるのか?」
「大いにございます」
彼女は柱にかかる時計を気にしつつ、早口に話し始めた。