-21 時雨

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私が手紙をくださいと伝えた時の彼の顔は一生忘れないだろう。
キラキラした目を大きく見開いて、頬をほのかに染めた。
そして子どものようにくしゃりと笑って照れたのだ。
「いくらでも書こう!」と大きな声で宣言してくれた。



故郷の駅に着いたのは予想通り夜遅くだった。

あらかじめ仲の良い次女の裕子姉さんには手紙を出して、あの人を呼び出してもらっている。
待ち合わせの場所はいつも2人でこっそり会っていた神社。
街灯がしっかりある神社だから、暗くなっても多少は大丈夫だろう。
杏寿郎さんは到着するとすぐに駅員さんに空いている宿を聞き出してくれた。

「では、先に宿に行って待っているぞ」
「はい。ありがとうございます」
「…暗いが、本当に大丈夫か?」
「ここから待ち合わせ場所まで街灯がありますし、歩いて5分くらいで行けるので大丈夫です。すぐ帰ります」
「こいつを連れて行ってくれ。何かあったらすぐ駆けつける」

そう言って、いつのまにか杏寿郎さんの肩に乗っていた鴉が私の足元に降り立つ。
きっと私に何かあればこの子が彼の元へ助けを呼びに行ってくれるのだろう。

「この子が居てくれたら安心ですね。行ってきます」
「気をつけるんだぞ」

杏寿郎さんが駅舎の外で、私が見えなくなるまでずっと見守ってくれていた。
その姿を振り返って見る度に胸がときめく。
それと同時に緊張感が増す。


もう1ヶ月は来ていなかっただろうか。
神社にたどり着くと懐かしくて涙が出そうなる。
ぐっと堪えて、いつもの場所で佇んでいる人に目を向けた。

「名前さん…!」
「小宮山さん…」

あの人とまた会えるなんて。
大好きで堪らなかったあの人、小宮山さん。
お互いにゆっくりと歩み寄った。

「君のお姉さんから話は聞いたよ。知らない人のとこへお嫁に行ったって…」
「そう。そうなの…」
「…俺、君が全然現れなくなってしまって心配していたよ。でも良かった、元気そうだ」
「ええ、とても元気。大丈夫」

小宮山さんは愛おしそうに私の髪を撫でる。
こうして彼と触れ合うと、戻ってしまいそうになる。
このまま駆け落ちしようか。なんて。


「あのね、今日はお別れを伝えにきたの」
「…」
「私、旦那さんになった人に恋をしたの」
「……良い人なの?」
「うん。とっても、良い人なの。最初は貴方のことばかり考えてた。なのにいつの間にか、私は杏寿郎さんのことばかり考えてしまう」

悲しみなのか、自分に対する怒りなのか、涙が止めどなく溢れる。
小宮山さんの顔を見れなかった。




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