-19 蒼然

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普段なかなか会えないし、今後もそんな生活がずっと続くだろう。
そう思って少しでも俺を気にかけてもらえたら。
なんて自分らしくもなく買ってしまった櫛を名前は嬉しそうに見つめていた。
心がぽかぽかと暖かくなる。
買ってきて良かった、とひと安心する間もなく名前が「故郷に戻りたい」と言い出した。

一瞬、煉獄家や俺に不満があって離縁したいという意味かと思ってヒヤリとした。
しかし彼女は戻ってくるという。
それにしてもいきなりすぎやしないだろうか。
怪しむ訳ではないが、どうにもすぐに了承できる事ではない。


「大切な人にまだ私は別れを告げられていないのです。その方へ、私はもう戻らないから待たないで欲しいと伝えたいのです」

名前の言葉が妙に引っかかる。
それは一体誰なんだ。
友人か、まさか家族ではあるまい。
だが確かに名前はある日突然、ほぼ無理矢理連れて来られている身。
別れの挨拶もままならなかったのだろう。

しかし、遠い故郷へ帰るとなると心配だ。
いくら鬼が出ないとしても新妻を簡単に一人長旅に出す夫はいないだろう。


そこではたと閃いた。
背中の打撲がかなり悪く、医者に見せて完治を言い渡されなければ次の任務は来ない。
肩を無理矢理上げると悪化すると言われて今は素振りをすることすら出来ない状態だ。

つまり俺が着いて行けばいいのではないだろうか。
ちょうどいい。
名前の故郷からこちらへ帰った頃には打撲も治っているだろう。


「わかった!名前!共に行こう!」
「ありがとうございます…て、え?」
「俺もついて行く!これでもう安心だ」
「えっ、そんな!任務はどうなさるのですか!」
「今この怪我が治るまで任務はないんだ。ちょうど良いだろう?」


そうと決まれば荷造りだ。
なるべく早く行って名前の心にある蟠りを解いてやりたい。
そして彼女の生まれ育った故郷を見てみたい。

「杏寿郎さん、本当に一緒に行かれるのですか?」
「ああ!妻を1人で旅立たせる訳にはいかない。父上のことは千寿郎に任せて、2人で行こう」
「…分かりました。ただし実家には内密にしたいのです。戻ったと分かれば父がうるさいと思うので」
「うむ。わかった。では俺が宿を探している間に君はその大切な人に会ってくるといい」
「……はい」

最初の頃のように少し緊張した面持ちの名前。
大切な人とはどういう関係なのだろう。
そればかり気にしてしまう自分はよもや彼女へ恋をしているのだろうか。



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