-18 黄昏

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夕焼けの茜色に染まる廊下を2人音もなく歩く。
連れて来られたのは杏寿郎さんの自室だった。
一体これから何があるのだろうか、ごくりと生唾を飲んで部屋へ踏み込んだ。

杏寿郎さんは任務終わりということもあって、まず羽織を脱ごうとした。
しかしいつものように流れるような動作ではなく、どこか身体を庇っているような動きをしているのに気がつく。

「杏寿郎さん、どこか痛めたのですか?」
「む、ああ。少し背中を」
「手伝います」
「ありがとう」

彼は素直に私の方へ背を向けた。
震える手。
そっと肩に掛かる羽織に手をかけて、ゆっくりと降ろす。
隊服の上着も同様にして脱ぐのを手伝った。
珍しくワイシャツ姿の杏寿郎さんを直視出来ず、俯きがちになってしまう。


「君にだけ土産を持ってきたんだ」
「えっ?」
「俺も君に贈り物をしたいと思って」

そう言って彼は使いにくそうな右腕をおもむろに動かし、ポケットの中に手を突っ込んだ。
そして取り出したものは綺麗な和紙に包まれている。
高価なものだと分かった。

「受け取ってくれ」
「本当に私に?よいのですか?」
「もちろんだ」

自信満々に胸を張る杏寿郎さん。
恐る恐る紙包みを開くと、白地に美しく煌びやかな花の絵が描かれた櫛だった。

「綺麗…」
「たくさんある中から、一番君に似合うものを選んだつもりだ」

自分でも抑えきれない激情に涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。
贈り物をされてこんなに喜んだことがあるだろうか。
もう私は完全に杏寿郎さんを好いている。
しかも強く。
気づいてしまった自分の気持ちには抗うことができない。

「とても素敵です。一生大切に使います」
「気に入ってもらえて良かった!」

杏寿郎さんは妻に櫛を贈る風習やその意味を知っていて私にくれたのだろうか?
しかし、知らなかったとしても私を想って買ってくださったことは事実。


自分の気持ちに決着をつけようと思う。
私は杏寿郎さんと共に生きていく。
身も心も彼に預けて。


「杏寿郎さん、お願いがあるのです」
「どうした?言ってみてくれ」
「故郷に一度、戻らせていただけますか?」

私の申し出に杏寿郎さんの眉間にシワが寄る。
怪訝そうに私の顔色を伺っている。

「もちろん、用事を済ませたら煉獄家へすぐ戻ります」
「…日数はどのくらい必要なんだ」
「早朝に出れば日付の変わる前には着くと思うので、用を済ましてその日は宿へ泊まるにして、朝またすぐに出れば次の日の夜には戻れます」
「なるほど…。その用件は?」
「…… 大切な人にまだ私は別れを告げられていないのです。その方へ、私はもう戻らないから待たないで欲しいと伝えたいのです」
「…うむ」

杏寿郎さんは難しい顔をして黙り込んでしまった。




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