5.先勝

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杏寿郎さんの真っ直ぐで迫力のある瞳にじっと見られ続けると、どうしても本音を話してしまう。

前世でもそうだった。
彼に戦いに行って欲しくないと思っていた。
ずっと言わずに胸の内に秘めていたのに。
ある日2人で散歩中、突然歩みを止めた彼は真っ直ぐな瞳で私に「何か言いたい事があるんじゃないか?」と問いただしてきた。

「いつも2人きりになると、君は何か思い詰めている様だ。何か、俺に不満はあるのか。善処するから教えてくれ」

そんな風に言ってくださった彼は、少しだけ不安そうな顔をした。
いつもハツラツとしている杏寿郎さんでも寂しさや不安があることを知っている。
そんな負の感情を私のせいで増やしてしまうことが申し訳なかった。
だから私は素直に言ったのだ。
「戦いに行って欲しくはない」と。

彼はまるで弟の千寿郎さんのように眉を下げて困り果ててしまった。
だから言いたくなかったのだと怒ったら、彼は「すまない」とだけ返した。




だから今、目の前で私をじっと見つめる彼につい本当のことを口にしてしまった。

「私と貴方は、ずっとずっと昔に会ったことがあります…」
「そうだったのか!それは、どこでだ?」
「…お互いの家や、なんの変哲もない道端や、お蕎麦屋さんだとか」
「…覚えてない。申し訳ないが」
「いいんです。私も、なぜ覚えてるのか不思議なくらい」


隣の知らない占い師がちらっとこちらを仕切り越しに気にしているのが分かった。
ああ、私たちはなんて訳のわからない会話をしているんだろう。
周りにも杏寿郎さんにも頭がおかしいストーカー女だと思われても無理はない。

またそれも運命かもしれない。
所詮、親同士が決めた関係なのだ。
私と杏寿郎さんは初めから決まった相手だからこそ愛し合おうと思って愛し合った。
でも本来は、自然と他人を愛してしまうことこそが「恋」や「愛」なんじゃないだろうか。


「よし、ならばまた来よう」
「えっ」
「君を思い出さないのは失礼だ。君はこんなに俺のことを覚えててくれているのに」
「なるほど…」
「では、今日は失礼する!」

杏寿郎さんは突然勢いよく立ち上がり、颯爽と帰って行った。
突風が通り過ぎたような静けさ。
そして私は内心とてとも動揺していた。
いきなり自分の世界が動き出した感じがする。



それから本当に杏寿郎さんは週に1回くらいの頻度で来るようになった。
友達なのか会社の人なのか占いをしてもらいたいという人を連れて来たりする。
私はお客さんが増えれば給料も増えるからありがたいが、前世の許嫁が見ている場でアルバイトと言えど金稼ぎをしているのはなんとも複雑な気持ちになる。

「今日も思い出せないな!」と、元気よく宣言して帰って行くのがルーティン化した。
やっぱり彼にとっての私はちっぽけな存在だったのか。
落ち込むこともあるが、定期的に現れる彼を見ていると絶望的になるのはまだ早いと思えるのだ。



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