-16 初電話
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いつもの自分のデスクではなく、誰もいない廊下で震える手にスマホを握った。
スゥッと深呼吸。3回。
そして意を決して登録していた電話番号を押した。
プルル、プルル、と2回のコール。
3回目…
「もしもし」
「あ、っ、あの、藤乃花商事の苗字ですっ」
「ああ!苗字さん!驚いたな。」
いつも通りの煉獄先生の、ハツラツとした良い声が右耳から聞こえる。
ブワッと全身が熱くなって手汗が滲む。
「あ、あの、頼まれていた見積もりが出来たんです」
「もうか?ありがとう」
「見積書必要ですか?」
「いや、今口頭でかまわない」
「わかりました」
あらかじめ手元に用意していたメモに目線を落とす。
緊張し過ぎて手が震えている。
「6万2000円です。あ、税抜きです」
「む、安いな!買わせてもらおう」
「あっ、ありがとうございます!」
なんとか煉獄先生の見ていたサイトよりも安く出来た。
思ったより安くは出来なかったけれど、彼は電話口で嬉しそうに笑っている。
「もう発注してくれてかまわないぞ」
「わかりました。納期が分かり次第また連絡しますね」
「よろしく頼む」
電話を切って、その場にしゃがみ込む。
「あーーー、緊張した…」
クレームの電話に出る時よりも、嫌な客の電話に出る時よりも緊張した。
今日は肌寒い日だというのに体中ぽかぽかしていて上着を脱ぎたいくらいに。
よいしょ、と立ち上がってデスクに戻る。
周りはいつも通り忙しそうにパソコンをいじったり電話をしている。
私も早速メーカーへ電話した。
煉獄先生の購入品を早く発注して早くお届けしないと。
「苗字さん例のプロジェクター売れたの?」
「あ、はい!売れました」
「良かったね」
両隣の先輩と上司が褒めてくれた。
メーカーへの発注も無事に済み、両脇に山積みになっている別の仕事へかかろうとした。
でも…
少し気になることがあってネットを開く。
いつもチェックしている家電激安サイトを検索して、さらにそこから煉獄先生が購入したプロジェクターの品番を検索した。
「や、安い…!!!」
そこで同じ機種が新品で5万で売られているを発見してしまったのだ。
私の出した価格よりもはるかに安い!
「どうしたの苗字さん」
「い、いえ!」
隣の先輩が怪訝そうにこちらのパソコンへ目を向けた。
慌ててパソコンを閉じて廊下へ出る。