6時間目:卒業式の先生
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3月。
私は同級生のみんなとこのキメツ学園を卒業する。
中学生のころからずっと通っていた校舎にもう来ることは無いと思うと寂しい。
それに、私は大好きな冨岡先生とお別れしないといけない。
卒業式自体は泣くかなと思っていたが泣けなかった。
なんだかいつも通りだった。
みんなで歌った最後の曲も、大地讃頌だったから感動したりはしなかった。
いつも通りの放課後、仲の良い友達と一緒に卒業祝いに焼肉に行くことになった。
でも私にはやり残したことがある。
体育教官室に行くと、やはり冨岡先生がいた。
他の体育教師は平常通り部活に繰り出しているようだが、卒業生の担任だった冨岡先生は色々やることがあるようだった。
「苗字か、卒業おめでとう」
「おめでたくないです。先生に会えなくなる」
「会いにきたら良い」
「私、県外の大学に行くじゃないですか。担任なんだから知ってますよね」
「来たらいい」
「飛行機に乗って?」
「ああ」
とんでもないことを先生は言う。
私は地学の先生になるために遠い他県に一人暮らしの予定だ。
不安があるが、それよりも冨岡先生に会えなくなることの方が私には恐怖である。
「私、これから先生になるんです。だからアドバイスが欲しいです、現役の先生に」
「ああ」
「だから、その…連絡先交換しませんか?」
「ああ」
「え、いいんですか?」
「もうおまえは学生ではなくなるだろう。おまえの言う禁断の恋ではなくなる」
「いやいや、学生にまたなりますから。大学生ですから私!」
「……」
それでも冨岡先生はスマートフォンを出して連絡先を交換してくれた。
トップ画面が初期設定のままだった。
これで連絡はとれる。
離れていても、会えなくても先生との繋がりはある。
「先生、ちゃんと返信してくださいね」
「もちろんだ」
「嬉しい」
今更ながら涙が溢れてきた。
目の前の冨岡先生の顔もぼやけて見えないが、オロオロしているのは分かった。
そっとハンカチが差し出された。
「汚れちゃうから使えません…」
「洗って返せ。会いに行くから」
「…嘘」
「嘘じゃない」
「郵送しますよ、そんな、面倒でしょう?」
「面倒じゃない。苗字に会いに行く」
先生の考えていることはよく分からない。
それでも嬉しくて涙が止まらなかった。
「俺からだ」
「え、先生から?」
先生が私の目の前に小さな花束を差し出した。
私の好きな花だった。
先生は知っていたのだろうか。
それともたまたま?
「私、アネモネ好きなんです」
「そうか…ならよかった」
「もう少しここにいていいですか?」
「かまわない」
先生の仕事が終わるまで、私は先生の側にただ座っていた。
最初はドキドキしてばかりだったのに、今ではそれが心地よかった。