これこれ の続き



幼馴染みのお姉ちゃん。俺たちとはずっと年が離れていて、一緒に遊んでくれる優しいお姉ちゃん。そんなななしを初めて好きだと思ったのは、たぶん6歳の時。
大好きだった。けど、凛十もななしが大好きだった。
今よりずっと素直で甘えん坊だった凛十はそれもうななしにべったりで、ななしと離れたくなかった俺は張り合うようにしていつも一緒にいた。
俺のお姉ちゃんだぞ、と言われるたびに凛十を泣かせていたと思う。
思えばただのヤキモチだと分かるけど、その時は幼さからなんでそんなこと言うんだと憤っていた。俺だってななしが好きなのにって。
構ってほしくて毎日セーラー服のななしの帰りを玄関先で待って、お気に入りのビー玉を見せたり近くで摘んだ四つ葉のクローバーを渡したりしていた。
そうする間に俺は小学校に上がって、クラスの女子に言われた。

「千里くんのお嫁さんにして」

そっか、お嫁さん。稲妻に打たれたような衝撃だった。お姉ちゃんがお嫁さんになれば、ずっと一緒にいられる。
学校が終わってすぐに空き地へ向かった俺は、綺麗なたんぽぽだけを集めて花束にした。いつも優しくて笑顔のななしにはたんぽぽがよく似合うと思ったから。
茎の切れたところから分泌されるボンドのような白い液のせいで手がべたべたになるのも構わず、一生懸命集めた。それらをクッキーの箱についていた赤いリボンでまとめ、いつものように凛十の家まで走っていく。
すると、ちょうどななしが帰ってきたところだった。

「お姉ちゃん!」
「あ、千里〜」
「これ、あげる…」

大きな声で呼びかけたものの、プロポーズするんだと思うと急に恥ずかしくなって、俯きがちに渡した。
たんぽぽを受け取ると、ななしは嬉しそうに笑ってくれた。

「わあ、綺麗。千里が作ったの?」
「う、ん。お姉ちゃん、お嫁さんになって」
「うーん、千里が大人になって、それでもまだわたしのことどーしても好きだったら考えてあげてもいいよ」
「ほんと?」
「大人になっても好きだったらだよ」
「わかった」

ななしはきっと、それまでに他の誰かを好きになると思っていたんだろう。年も離れているし、大きくなれば世界も広がって違う人も見えてくる。実際、小学生の言うことなんてあやふやで、形のない柔らかなものだから。
それでも俺はずっとそれを信じていたし、今でも好きでいる。
ななしと呼ぶようになったのだって、いっちょまえに男でありたかったからだ。

それでも。
それでも、ななしは未だに振り向かない。どころか、凛十のことが大好きで大好きで、俺のことも二人目の弟だと思っている。まさか俺が自分を好きだなんて思いもしてないだろう。
凛十のやつはシスコンをこじらせて邪魔してくるし、なんにもいいことがない。平静を装って髪を撫でてみても、核心を仄めかすようなことを言っても、ひとつも届かない。
俺が子供だから。ななしが大人だから。
ふと、考え事を遮るように足音が寄ってきた。

「あれ、千里だ」
「…おかえり」
「ただいまー、凛十なら部屋だと思うよ」

ななしは電気が溢れている窓を見上げて言った。端から自分には用事がないと思っているのもむかつく。

「ななしのこと、待ってたんだ」
「わたし?」
「うん」

きょとんとした顔が街灯に照らされている。その不思議そうな顔は昔から変わっていない。

「とりあえず中入りなよ。凛十もいるし」
「いや、ここでいいよ」
「そう?」
「あのさ、俺、十分大人になったと思うんだ」

分かってる。そういうことじゃないことは、分かっている。いくら大人になったって、ななしは俺を弟としか見てくれない。俺とななしの間が縮まるわけじゃない。
でも、そんなの不公平じゃない?こんなにずっと、好きでいるのに。
嫌われたっていい。避けられたっていい。男として見てくれるなら、なんだって。
嫌われたっていいなんて本心じゃないくせに、言い聞かせてななしの肩に手を乗せた。

「ななし…」

目を見開いたななしから逃げるように目を閉じて顔を寄せた。
これですべてが変わってしまうんだ。と、思っていたのに。

「ちっさと!てめえ!」
「…近所迷惑だ、凛十」

やっぱり邪魔されるのか。ばん!と大きな音を立てて玄関が開かれる。
凛十はななしを引き剥がすように自分のほうへ抱き寄せて俺を睨んだ。

「姉ちゃん!だから気を付けろってあれほど…」
「え、えと、ごめんね?」
「…チッ、中入ろうぜ」
「うん…千里、気を付けて帰ってね」
「千里はいいから!」
「わ、分かったよ〜」

凛十に押し込まれて渋々と言った様子で家の中へ入っていくななし。その態度はさっきまでと変わらない。
凛十はななしが中へ入っていくのを見届けると、威嚇するように声を尖らせた。

「人の姉ちゃん狙うのマジでやめろ!」
「…ななしってなんであんなに暢気なの?無防備すぎだよ」
「分かってんなら尚更やめろよ…気が気じゃねーから…」

暢気なななしは、俺の気持ちも凛十の気苦労も分かってはいないのだろうな。
溜め息を吐いて見上げると、ちょうどななしの部屋の電気がついたところだった。
ねえななし。俺はまだ、ななしのことがどうしても好きだよ。あの言葉を信じて大人になったんだ。早く責任とってよ。


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