死んでしまったウキョウとヒロインの話


「ウキョウ、」

そっと彼の頬に触れる。
微かに体温が残っているその身体は急速に冷えていく。彼の命はもうこの世にはない。私はそれをただ無言で、呆然と見つめるしかなかった。

「なまえ…大丈夫?いや、大丈夫なわけないよね…ごめん」

自らを精霊だと名乗る彼は私の隣で項垂れている。

私が悪いの。オリオンは悪くないよ。

そう告げると彼はますます悲しそうな顔をした。僕の力不足だ、そう呟くと完全に下を向いてしまい、彼より身長の高い私からは表情は見えなくなってしまった。

完全に呼吸の止まってしまった彼はもう二度と目を開くことはない。名前を呼んで、抱きしめて、キスをして、起きて欲しいと、目を開けて欲しいと願っても彼が目覚めることはないのだ。

「ウキョウ…起きて、よ」

無駄だとわかっているのに声を掛けてしまうのは私が彼を好きだから。

「私のこと愛しているんでしょう?言ったよね…」

肩を掴み、少しだけ揺さぶる。

「私を助け出してくれたじゃない。今まで私を運命から守ってくれたじゃない。どうして私は、」


貴方を守れなかったのだろう。






「なまえせんぱーい!私休憩行きますけど忙しくなったら呼んでくださいね!」

「うん。ありがとうミネ」

ピークも過ぎ、一人でも十分回せる人数だ。御主人様が帰られた席の片付けをしているとイッキさんが近づいてきた。思わず身構える私に笑いながら距離を詰めるイッキさん。

「ははは、そんなに警戒されてるのかな僕は?大丈夫、取って食いはしないよ」

「笑いながら距離を詰めてくる人の台詞じゃないです…」

「確かに!」

手を叩きながら笑うイッキさんは何がそんなに面白くて笑っているんだろうか?
以前なぜ私に構うのか、ファンクラブの子と話せばいいだろうと言ったところ「君は面白いからね。僕と対等に話してくれる女の子。友達。ふふっ、これで満足かな?恥ずかしながら僕には友達が少なくてね。」と聞いていない痴態までペラペラと告げられてしまった。

「というか、最近ウキョウさん来ないよね。君何か知ってる?」

「ウキョウ…さん?」

「その様子だと知らないのかな?うーん。彼の撮った写真僕好きなのにな。雑誌にも載っていないし突然どうしたんだろうね」

(ウキョウ…さん…?)

自分は絶対にその名を知っている。懐かしく感じるのだ。まるでつい最近まで口にしていたように感じる。

「どうしたのなまえちゃん?僕代わろうか?ミネと休憩行ってきなよ」

「あ、大丈夫です。少し考え事してしまいました。イッキさんこそ休憩行ったらどうですか?一度も行ってないでしょう」

「あー…僕は大丈夫だよ、男だからね?」

「そういうものですか」

「そういうものだよ」

まただ、また見つめられている。彼は私をよく見つめる。目の能力は効かないとわかっているのに、それでも私の目を見つめるのだ。

「…私には効きませんよ」

「……んー、やっぱりかぁ。ほんと、どうしてなのかな。ここまで思い通りにならないのは君が初めてだよ」

やれやれとでも言いたげに肩をすくめるイッキさん、私が言いたいのですが。やれやれ、ですよ。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様です〜!じゃあ先輩また明日ですね!」

「うんそうだね、明日」

何かが足りない気がするのだ。この日々にはもっと甘く、楽しく、優しい何かがあったはずだ。
ぼうっと、考え事をしながら歩いていると突然誰かに肩を掴まれ抱き寄せられた。…というよりは、何かから引き離されたという方が正しいのだが。 

「危ないっ!!!」

「っ!?」

「君!何ぼーっと歩いてるの!踏切!遮断機!降りてるでしょ!?」

「あ…すみま…せん、…考え事をしていて」

「あ、あれ…?君僕のことわからない?」

「え、えと…はい」

「…そっか。ねえ、今君には大切な人は居るのかな、」

寂しげな微笑みにズキズキと胸が痛む。初対面の人間なのに何故だろうか。
自分の気持ちの変化についていけず黙り込んでいると相手の男性は両手をブンブンと振り必死に言い訳を始めた。

「ああっ!ごめんね!怪しいよね俺!ごめん!忘れて!じゃあ俺行くから。もう会うことはないと思うけど…元気で」

「あ、あの…私…あの。好きな人とかはいないんです。でも…何か足りないんです。いつも。私のそばにはいつも誰かがいたんですけど私はその人を思い出せなくて。あ…すみません、こんなこと言われても…困るだけですよね」

初対面の人に何を言っているんだ私は。なのに目の前の人はびっくりしたように目を見開いて、泣きそうな顔をして、微笑んだ。

「うん…うん。ねえ、俺とその人を探さない?協力するよ」

「えっ」

「君の隣にいるべき人。探させて?」
  


(それが俺でありますように、なんて欲張りかな)

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