「師が教えてくれたこと」


わたしたちは繁華街に向かって歩いていた。

「さっき何したんですか?」
「普通に人を避けて走っただけだ。」

ああ、ジェノスさんとわたしの普通はちがうんだった。納得です。


「それで、今日はどこに行くんだ?」
「はい、デパートで色々揃えようと思って。えーとまずは日用品を買おうかなと…。歯ブラシとかバスタオルとか、諸々ですね。あとはお布団も買わないと…。」
「金はあるのか?」
「保険がおりたので!」


繁華街には色々なお店が並んでいた。
歩いていると、周りからは「ジェノスじゃね?」「ジェノスだ!」と小さな声が聞こえてきたが、学校ほどミーハーなファンはいなかったようで、ジェノスさんが囲まれて動けなくなるようなことはなかった。
まあ囲まれてもジェノスさんなら突破できるだろうけど。


そしてデパートに到着した。

「じゃあまずあの店に…、」


「…ヒーロー…?…ヒーローだ!」

「「?」」

突然聞こえた声に、わたしたちは立ち止まる。
振り返ると、小さな男の子が1人で立っていた。

ジェノスさんがまたかとため息を吐く。

「…サインは…、」
「ぼく…ヒーローになりたいんだ!」
「?」

男の子は、目を輝かせながらそう豪語した。

「ぼく、絶対ジェノスみたいな強いヒーローになって、妹の病気治すんだ!」
「病気…?」

ジェノスさんは首を傾げた。
男の子の言っていることは滅茶苦茶かもしれなかった。
それでも、この男の子が抱える背景や夢が、まるで自分に言い聞かされているかのように頭に入ってくる。


夢か…。
わたし、そういえば何かあったっけ?


少ししてハッとした。
こんな子どもにも、ジェノスさんはサインや握手を拒むのだろうか。
わたしははらはらと2人を見守る。

すると、ジェノスさんは男の子の前で片膝をついた。


「強くなるには、鍛練が必要だ。毎日過酷なトレーニングをこなせ。つらくても続けろ。毛根が死ぬまでだ。」

毛根?
わたしは頭にはてなを浮かべる。男の子は真剣にジェノスさんの言葉を聞いていた。

ジェノスさんは長く息を吐き出すと、男の子の頭に、無機質な機械の手を乗せた。
男の子は、大きな目を更にまんまるに見開く。


「単純だと思うだろう。俺もそう思った。…だが特別なものなどなくても、目標を達成してやるという強い気持ちがあれば必ず強くなれる。…俺の師が教えてくれたことだ。」


サイタマさんが…?
あの強さの秘訣が、…過酷なトレーニングをつらくても続けたということなの?
それで毛根が…?


「わかった!じゃあぼく、毎日きたえるね!」

男の子は小さな拳でガッツポーズをした。


「タロウちゃーん!まあこんなところにいたのね!心配し…あらジェノス!?やだ、サイン…!」
「サインはしないぞ。」

ジェノスさんがそう言い放つと、男の子は母親らしき女性の胸に抱き着いた。


「ママ!ハナコが待ってるからはやく帰ろ!」


ジェノスさんは変わらない表情のまま、その親子を見送っていた。




続く


公開:2017/01/04/水


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