前編
「あれっバッド。早いじゃん。」
「おう、ソヨカゼ。」
仕事が終わって、少しお洒落した格好で待ち合わせ場所に向かうと、恋人であるバッドがすでにそこにいた。
彼は平然と片手を挙げた。
金属バットという名前でヒーロー活動をする、頭にバカがつくほど正義感の強い男。
彼こそがもう付き合いの長い、わたしの彼氏である。
バッドはなんてことなさそうに不良座りしてるけど、ほっぺに返り血がついている。
あと、肩に担いだバットにも血がついてる。
「協会から呼び出されたとか連絡入ってたから、1時間は待たされるかなーって覚悟してたのに。」
「ハッ、ナメんなよ?災害レベル鬼だぜ。」
鬼って、と苦笑するわたし。
そんなこと言えるのは貴方のようなS級ヒーローくらいだよ。
「じゃあ早く行こ。」
「おう。」
わたしがバッドの腕を取って歩き出すと、バッドは少したじろいだ。
恋人なんだから、これくらいしたってバチは当たらないだろう。
「おっ、見ろよ面白そうなモンあるぜ。」
「ちょっと、バッド!」
あちこちに気を取られるバッドに、わたしは呆れて口調が強くなる。
「今日はゼンちゃんのクリスマスプレゼント選びに来たんでしょ?」
「お、おお、そうだったな。」
今日はクリスマスイブ。
忙しくてなかなか買い物に行けなかったからパーティ当日になってしまったけど、わたしたちは、バッドの妹のゼンコのために、クリスマスプレゼントを買いに来たのだ。
「わーこれかわいい。」
「お前の趣味だろそりゃ。」
「悪いかっ。」
「悪くねーけどお前こそ目的忘れんなよ。」
「ウッ…。」
街中に流れるクリスマスソング。
わかりやすく浮かれるようなキャラではないけど、やっぱりちょっと楽しくなってしまう。
わたしも昔はサンタさんまだかなぁなんて夜ふかししたりしたものだ。
わたしたちの横を、母親に手を引かれて泣きじゃくる子どもが通った。
あれが欲しいあれじゃなきゃ嫌だと駄々をこねている。
そしてあれはダメよ他の物にしなさいと叱る親。
ショーウインドーの前でぼーっと立ち尽くす女の子や、嬉しそうにおもちゃ屋の袋を振り回して叱られている男の子もいた。
わたしたちは無言でそんな親子たちを見ていた。
特に感想はない。
何も思わなかったわけじゃない。
ただ、何も言葉が出てこなかった。
「ねえ、これどうかな?」
「あー、アイツ好きそうだなこういうの。」
「だよねー!」
わたしたちは色々なお店を周りながら、小さな女の子のために様々な想像を巡らせた。
贈り物は、考えれば考えるほどわからない。
どんなものなら喜ぶか?
どんなものなら嬉しいか?
今までこんなに話し合ったことあっただろうかというくらいバッドと話し合った。
そして、ようやくプレゼントを絞ることが出来た。
「ふいー、待たせたな。」
「バッドトイレ長すぎ!!腹壊したんか!」
「ヒーローが腹壊すか!」
「壊したことあるじゃん!」
わたしたちは無意味なやり取りを消化すると、じゃあ帰るかと歩き出した。
「ゼンちゃん喜ぶかなー。」
「おいおい、突然自信無くすなよ。」
「だってさー、いくら小さい時から見てるからって、気持ちはわからないじゃない。」
そうだ。わたしたちは誰かに尽くそうとする時、いつだって何が正しいのかわからなくなる。
心が視覚化できない構造のわたしたちは、とっても不便だ。
正解がわからないというのはどうにも落ち着かない。
「バッドだって、血が繋がってるとしても全部はわからないでしょ?」
そう投げかけると、バッドは考え込むように宙を仰いだ。
「まあわからなくても家族は家族だ。」
考えるのを止めて、そんなふうに返してきた。
テキトーそうだなあと思ったけど、バッドの言う通りだ。
「お前もだぜ、ソヨカゼ。」
「へ?」
「血なんか繋がってなくても、家族は家族だ。」
「…!」
バッドとゼンちゃんは本当の家族だけど、わたしは厳密には2人とは赤の他人だ。
それでも天涯孤独のわたしを受け入れて、家族と言ってくれるバッドには本当に感謝してもしきれない。
「…ありがと。」
「…おう。」
家に帰ると、わたしはご馳走作りを始め、バッドはリビングの飾り付けを始めた。
「早くしないとゼンちゃんピアノのレッスンから帰ってきちゃうよ!」
「わぁってるよ!」
わたしたちは慌ただしくリビングとキッチンを各々走り回った。
しかし。
ピピピピ…
「!ヒーロー協会から…!?」
「…え?」
バッドが携帯電話を切ると、内容は案の定出動要請だった。
「…昼間にぶっ倒した怪人が逃げ出したんで、もう一回捕まえてくれだとよ。」
珍しく生け捕りにしろという要求付きの出動要請。
もしかしたら時間がかかるのかもしれない。
もしかして、昼間…わたしとの約束に間に合うように手っ取り早く終わらせたせいで、こうして脱走を許すことになってしまったのかもしれない。
「テメェのケツはテメェで拭かねえとな…。」
バッドならそう言うだろう。
気持ちはよくわかる。
だからこそ、笑って彼を送り出すのはわたしの使命でもある。
「いってらっしゃい。早く帰ってきてよ!?」
「おうよ!」
「ただいまぁー!」
「あ、ゼンちゃんおかえりー!」
ゼンちゃんがいつも以上に元気よく帰ってきた。
どこかウキウキした顔で、きっと今日のパーティを楽しみにしていたんだろうと察することができた。
明日はS級会議があるらしく、バッドも出席しなくてはいけないので、パーティはイブである今日になったのだ。
「…お兄ちゃんは?」
帰宅すると真っ先にやって来る兄バッド。
そんな彼が来ないことを、不思議に思ったのだろう。
「…うん、出動要請がね…。」
そう伝えると、ゼンちゃんはあからさまにショックを受けた顔をした。
「またなの!?なんで怪人はクリスマスにも出てくるのよ!」
ゼンちゃんはしばらく怒りを撒き散らしていた。
それほどパーティを楽しみにしていたのだろう、それを裏切られたのだから、仕方が無い。
普段から何かと我慢させてしまっているゼンちゃん。
せっかく今日はそんな幼いゼンちゃんの苦労を労うことも兼ねてのパーティだったのに。
「…もう!バッド…早く帰ってきてよ…。」
続く
公開:2016/12/25
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