授業中、眠っている君に


「――よって、このような解が求められるわけです」


午後の授業は、お腹いっぱいの後だからとてつもなく眠い。
そのうえこんないいお天気、ぜひ眠ってくださいと言わんばかりだ。
一番後ろの席だけど、窓際の席じゃなくてよかった。
一度うつらうつらした所を、慌てて爽快系の目薬をさし、無理やり自分を起こした。

そんな努力を嘲笑うかのように、左隣からは小さめなイビキが聞こえてくる。

学内の人気者、水町健吾。
特等席ともいえる、一番後ろの窓際の席。
彼は、誰もが羨むこの席を、完全に満喫していた。
机の上に上体を乗せ、余った腕は宙に投げ出されている。
デカすぎる図体は、もちろん先生の目からも逃れられない。
それなのに、先生からの痛い視線をものともせず、いい気なもんである。(寝てるから当たり前か)


「……ふぅ。それじゃ、問1についてですが――」

先生は、毎度のことなのでもう諦めている。
黒板に向き直り、難解な数式を書き連ね始める。

それなら、私がお仕置きをしてやろうじゃないか。
私はニヤリと口角を上げると、筆箱をカチャカチャと漁り始めた。
取り出したのは、ネームペン。

ようし、何を書いてやろうかな?
なんてほくそ笑んでいると、水町くんは小さく身動ぎをした。

ーーやば!起きちゃったかな?

しかし、水町くんの目は閉じられたまま、口をもごもごと動かしただけだった。
私は小さく息を吐くと、ネームペンの蓋を外した。

「ん……すいむ…ぅ」
「……!」

彼の方に伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。
すいむ?確か……アメフトの技だったかな。
そういえば、この間得意気に語ってたなぁ。
またむにゃむにゃしだした彼を見て、再び安堵の息を漏らした。

よし、今度こそ……

「ざぱー……ん」

……全く、波に乗った試合でもしてるのだろうか。
紛らわしいなぁ、もう。
そう思ってもう一度ペンを構える。
さぁどこに書いてやろう……

そこで 私はハッとした。
こちらに向けられた顔。
小さく微笑んでいるその寝顔は、なんだかいつもと違って大人びていた。

黙っていれば格好いいのに。
無意識に、そう思ってしまった私は、慌てて顔をぶんぶん振った。

何、考えてんのよ私!
今は、水町くんの顔に落書きを……。


「ぜんこく、…せーは………んふ」


……あー、もう。
やんなっちゃうよ。

水泳頑張ってたと思ったら、アメフトに転向して、やる気のある仲間たちと一緒にすんごい夢を追ってた。
常識はずれな練習メニューは自分から言い出すらしい。

毎日毎日楽しそうで、アメフトに特別関心はなかったけど、なんだか応援したくなっちゃう。
この人の巻き込み力は……すごい。

ああ、それに、そんな笑顔って反則じゃない?

「オハヨ」
「……!?」

寝ているはずの人の声に私は飛び上がりそうになった。
慌ててペンを引っ込めて苦笑い。
同時に、しばらく見とれていたことに気がついた。

「……お、おはよ」
「ん〜よく寝た。…ん?そのペン…」
「……えっ、あ、これはなんでもないの!」
「じゃなくて、ノートが……」
「え?」

ノート?
不思議に思って手元を見ると……。

「……い゙っ!?」

おそらく手を引っ込めたタイミングで、思い切りノートに線を引いてしまったようだ。
ノート二枚分を横切る、真っ直ぐな線……。


「あのさ、水町くん、水瀬さん、後で職員室来てくれます?」

「「…ハイ」」

先生が黒板に向き直ると、二人、目が合って笑った。

「居残りかな」
「いーじゃん?」
「は?なんでさ」

私が小声で言うと、水町くんが口の横に手を当てて言う。

「凪ちゃんと居残りならさ!」

「…!?」

ガタッ!と机が音を立てる。
先生に思い切り睨まれ、クラスメイトに笑われ、慌てて笑顔を作りながら机を整えた。

水町くんはニヤニヤしながら黒板を見ている。

あーもう、なんなのよ。

私だって、水町くんとなら居残り全然構わないんだから!


多分今、私と水町くんの心中は一致している。


((先生、グッジョブ!))



fin.



公開:2016/03/16/水


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