熱中症には気をつけよう


ここのところ、残暑で蒸し暑い日が続いている。
夏休み明けのテストも終わり、休みボケを引きずって気だるい毎日を過ごしている。
隣の席の幼なじみ・如月ヒロミは、(学校に来る、授業を受けるなどの)急激な生活リズムの変化に身体がついていかず、だいぶ大変な思いをしているみたいだけど。


そんな彼もアメフト部員として頑張っていて、今日もグラウンドで練習に励んでいる。
帰りの電車まで少し時間があるので、私はその練習風景を遠巻きに見ていた。



「!」

練習開始から数十分。
帰ろうかなと立ち上がった瞬間、グラウンドは騒然とした。

「如月ー!」
叫ぶ声が聞こえて、まさかと思い人だかりに近付いた。
たくさんの部員たちに囲まれ、その中央に横たわる細い身体がチラリと見えた。
誰かが熱中症だと言って、部員たちの数名がバタバタし始めた。


「日陰に連れて行った方がいいわね」
「あっちゃァ〜…了解、とりあえず俺が連れてくよ」

人だかりからヒロミを木陰に連れていこうとするマルコくんが現れ、私に気付いた。

「ありゃ、水瀬ちゃん。帰ってなかったんだ」
「電車の都合でね。それより、ヒロミ熱中症?」
「多分ね。悪いんだけど見ててくれない?…あ、電車大丈夫?」
「幼なじみの危機ですからね。電車はまだあるし、見ててあげるよ」

助かるよと言って、マルコくんは安心したように笑った。

「首とか脇を冷やしてやって。後、顔赤いから頭を高くして寝かしてやって」
「足を高くするんじゃなかったっけ?」
「それは顔が青白い時かな」
「あ、そっか」
「膝枕とかしてやったらすぐ良くなるんじゃない?」
「な…っ!!」

マルコくんは笑いながらヒロミを木陰に寝かせた。
冗談だよと言って、練習に戻って行った。

私は小さくため息をつくと、水道に走った。


濡らしたハンカチをヒロミの首に当てると、横に腰掛けた。
少しすると、マネージャーの氷室先輩がタオルに包んだ保冷剤を持ってきてくれて、ヒロミの脇の下に挟んでくれた。

氷室先輩が去ってから、ふとマルコくんの言葉を思い出す。

「頭…」

高くしなきゃ。
でも、チラチラとマルコくんの顔が思い浮かばれ、膝枕をするという念に駆られた。

「う…」

ドキドキと心臓がうるさい。
いやいや、ヒロミのためだと自分に言い聞かせてそっと頭を持ち上げて、自分の膝に乗せた。

こんなことをするのは初めてだから、これで大丈夫かなとか首痛くないかなとか、心配になってしまう。

少し落ち着いて目線を落とすと、目を閉じたヒロミの顔立ちが綺麗で見入ってしまった。
汗で張り付く長い髪を退けて、タオルで汗を拭いてやり、氷室先輩に渡された団扇で扇ぐ。


アメフト部の声をBGMに、ゆっくりと時間が流れていく。
ヒロミが熱中症でなければ、なんとも穏やかで安らかな時間だったのにな。
でも今は安らかな永遠の眠りについてしまいそうなヒロミが膝の上で呼吸しているので、もう少し緊迫感を持たなくては。

「…もー、心配かけないでよね……」

小さく呟くと、ヒロミの瞼がぴくっと動いた気がした。
ゆっくりと目が開かれ、数秒間ぼんやりとこっちを見ていた。

「ヒロミ……!大丈夫?」
「あ…凪ちゃん」

掠れた声で名前が呼ばれて、慌てて近くに置いておいたペットボトルを手に取った。

「水飲む?」
「うん……ありがとう」

私の手伝いでなんとか水を飲むと、ヒロミは再び膝の上に頭を乗せた。

「びっくりした」
「…?」

そう言うと、ヒロミはさっきより少しだけ頬を赤らめて、恥ずかしそうに呟いた。


「天使かと思ったよ…凪ちゃん」

「……!?」


驚いて跳び跳ねそうになったけど、ヒロミが膝の上で微笑んでいるのでできなかった。
恥ずかしくて目を逸らすと、向こうからマルコくんと氷室先輩が歩いてきた。
休憩に入ったようだ。

しかし、私たちを見るなり、マルコくんは驚きの声を上げた。

「えっ」
「…え?」
「水瀬ちゃん、本当に膝枕したの…」
「えっ!?」
「いや、だって、普通鞄とか枕にするよねっちゅー話…いや、如月も意識戻ってるからいいんだけど、さ……わ、ごめんって!!」

私はヒロミのことも気にせず立ち上がってマルコくんを追いかけた。
恥ずかしさを紛らわせたかった。



「いてて……」
「大丈夫?如月くん」
「あぁ……氷室先輩…迷惑かけてすみません」

凪のせいで後頭部を打ったとはいえ、人工芝だったためそんなにダメージはなかった如月。
今度は自力で起き上がると、マルコを追いかけまわす凪を見つめた。

「あはは、元気だなあ凪ちゃん」
「彼女、いい子ね」

氷室が微笑むと、如月も頬を緩めた。

「ええ…さっきほんとに天使に見えたって言ったら、喜んでましたよ」
「喜ぶ…?ああ、それであんなに顔が真っ赤なのね」
「そこがよくわからないんですけど…お迎えかと思ったって言われて、あんなに照れるものなんですね」
「…如月くん……」

氷室は、頭を抱えてため息を吐いた。


グラウンドでは、マルコを追う凪を峨王が追い、そんな峨王を止めるため部員総出で峨王を追うというカオスな追いかけっこが始まっていた。

そんな光景を見て、如月と氷室は微笑んだ。



太陽が傾きかけ、オレンジ色になるグラウンドに、喧騒が続く――……。



「いや如月もマリアも笑ってないで止めてくれっちゅー話だよ……」



おしまい。





公開:2018/07/30


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